歩いていると思いがけない発想が浮かぶ

よく、散歩しているとアイデアが出てくるという話があるが、それと一緒だと思うが、歩いていると頭の中で情報の粒と粒がぶつかって、新しい発想が生まれるような気がする。

気がするだけで気のせいという事も言えるかも知れないが、これはこれで中々面白いので否定するほどの考えでは無いし、時間を有意義に過ごせるので積極的にそう考えても良いのではと思っている。

たぶん、歩くと血流が脚から起こり、脳に血液を届ける効果があって、大した事を考えていなかったとしても、その考え同士が同じタイミングで映像として表示される事で、片方から考えていただけでは思いつかなかった思考の壁を超える手助けや偶然が生まれるのでは無いかと考えている。

あとはリズムが歩くと一定で体を包むので、無理なく全身が動こうと頑張り始めるのでは無いだろうか。無理なく、無用な力みなく、何かを体が動かそうとするとき、体は思った以上のパフォーマンスを見せるようになる。

文章も一定の速度で書いている間は、良い感じに発想が浮かんでくるので、体の一部が何かの目標に向かって一定のリズムで動こうとすればそれだけで発想というのは生まれるのでは無いだろうか。今日は電車内で座りながら文章を書いていたが、無神経なバカが腕を休めるために、こちらの避けている腕に腕を乗せて来たおかげで気になってリズムが崩れた。そのせいで文章更新が途中から滞った。ああいうバカを気にしない無神経さが欲しいが、他人は予測不能な動きをするので、何も期待せず、コントロールもせず、流れに身をまかせる方向でなんとかなるようにしたい。

なるほど、放っておいても体は心臓を動かしているが、そのリズムにいつも乗るようにして、体を常に「起きた」状態に保てれば、実はアイデアマンのようになれるのでは無いだろうか。たとえ体が動いていなかったとしても、快活な動きをするために、ちょっと強めのアイドリングを繰り返しているというのが、エンジンをわざわざかけ直す手間を省いて、いきなり何かが来た時にキャッチするための重要な心構えや手法みたいなものになるのかも知れない。

しかし、歩く事が時間的に可能ならば、積極的に歩いたほうが、健康にも良いし、得が多いと思う。だから積極的に動いて、発想の力を高めていくというのが重要である。

1/26/2016 11:27:00 AM