人が作ったものをゴミと言う奴はどうでも良いのだが

「ゴミと言われたことをちゃんと受け入れよう」ということを言い出す奴が許せない。御用聞きと言おうか、ご機嫌うかがいと言おうか、それを人にも強要、もしくは提案する姿勢、それが当たり前ということを知らねばまともなプロとは言えぬというアホくさい脅迫。

ゴミで切り捨てる奴に対しては「やかましいわボケ」程度に受け止めれば良い。自分だって使いもしない、気にくわない、何の足しになるかも知れないものを渡されたり、見たら、それがいくら良いと評判で多くの人が使っていようとも、一言「ゴミだろ」で片付けるし、お互い様だ。

また、作り手は最初からゴミを作ろうと思えば良いのだ。それに価値を見出すのはどっかの誰かだ。自分でもゴミを作ろうと考えて作ったほうが下手なプレッシャーを受けなくてうまくいくことが多くなる。うまくいった、運が良かった、これは良い感じのものができた、と結果でわかったら発表でもすれば良い。それで、ゴミだと言われたら、待ってましたとばかりに中指を立てて悪口でも言ってやれば良い。人に何かを発表するとはそういうことだ。常に気を張って、攻撃してくるヤツには制裁を加えるか、避けるための練習をするくらいで利用するキッカケを作るくらいのつもりで発表すべきなのだ。みんなが賞賛してくれるとか思ってたらまともな対応はできなくなるだろう。基本は無視されるが、敵も現れることを期待して、そのための準備は怠らないというのが、発表の心構えだ。

しかしだ、一生懸命クライアントのために作りました、でもゴミであるという批判が出たらしょうがない、当たり前だと受け止めろと……いうのは自由だが、教師という立場を利用して強要するアホは飛び蹴りもんだ。誰かに高いところから突き落とされろ。

まず相手がいうことを肯定して、相手のために作って、それで相手が気に入らないのなら改善点を一生懸命考えてもう一度提案する、んなことやってたら病気になるわ。それがプロだというならやめてしまえ。それでもなりたいとか「精神的な奴隷にしてください、ご命令は何でも聞きます、命令がありませんでも、あなたの好きそうなことを予測してご提案します、それでも気に入らないならゴミと言って捨ててください、それも受け止められる強い心を私は持ってます、プロですから」さすがにこんなの死んだほうがマシだろ。アホか。

プロなら相手の思った以上のものを出せればゴミだろうが何だろうが関係ない。それがゴミかどうか決定するのは環境と時代と提案者と客の好みと、合致したりしなかったりした時だ。そんな不確定な要素でめちゃくちゃに揺らぐだけのものである。誰でもそれをゴミと思うこともあるとか知るか。

そういう心構えを作って挑めば、別にゴミと言われようが何だろうが関係ない。自分が思うまま、できること、やれること、やりたいこと、続けたいこと、そういうことだけで成立するようになる。別に「ゴミですね」攻撃をやられた時に耐え忍ぶ、傷つかない訓練なんてしなくて良い。それよりは自分のペースを作るための訓練をしたほうが有意義だ。

相手にとってゴミだからと言って、自分にとってゴミじゃなければ、それはゴミではないので、しまっておけばいい。いつか最高の評価をくれる奇特な人が現れるかもしれないし、それが後に繋がる発展のためのキッカケとなるかもしれない。ならないかもしれない。だが、環境と時代と提案者と客の好みと、合致したりしなかったりした、そんな不確定な要素でそれがゴミかどうかが決定するということならば、いつか石ではなく玉となり得る可能性もある。子供の時は割れたガラスが宝物だったりしただろ。あれと一緒だ。親にはゴミにしか見えなくても、子供達からは羨望されることだってあるわけだ。蝉の抜け殻とか。

3/16/2016 01:06:00 PM