手近な達成感が最優先される

スケジュールや、何か連続してやり続けたいとか、目標達成を狙うなら、そして、誰にも強制されないのであれば、目標達成において最も有効な手段は簡単な達成感を連続させるための設計ということになる。

達成感を含んだ設計に慣れてないと人は生来、すぐにドヤりたい生き物(とくに長男長女にこの傾向が強い)のため、無理をして目標達成まで続けられなくなってしまう。凄いねと言ってくれるお父さんお母さんがいつまでもいると思うなということだ。まずは自分から達成感を設計しないといけない。

人はどんなつまらないことでも、出来たら軽く達成感が味わえるようにできている。これがとても便利なので、利用しない手はない。テスト勉強の時に掃除したくなったり、漫画が読みたくなるのは、深層の心理では達成感を求め、テスト勉強であればそれが可能であるとわかってはいるのだが、達成感を得られるまでに時間がかかりすぎる、だから手近なところで達成感を得て、その機動力で勉強に向かおうとしているのだ。しかし、掃除も漫画も勉強とは全く関係ないため結局何の解決にもならず、時間だけが過ぎ、点数が悪くなるだけに終わる。

だから漫画とか掃除と同等に簡単に達成感が味わえるように、わかりきったことを復習したり、バカバカしい問題をまずは解いてみると良い。ここは人によるので、自分がその勉強なり目標なりに対して有効であるが大して難しくないことをまずは置いてみる必要がある。当然簡単にその問題は解ける。すると軽く達成感が得られる。達成感が得られると、当然他の達成感を求める感情が薄らぐので、集中が高まり始める。いきなり凄いことができるのが目的ではなく、目標まで息切れせず楽に走りきるというのが本来の目的なので、この方法で問題ない。

当然、設計をするというのが最初の壁となるはずだ。だから、日常的にその達成感を得るための訓練をしておくことだ。そうすれば、まず肩慣らしにこれをやって、次にこれ、出来たらこれ、調子に乗ってきたら本番、みたいな自分なりの段取りが取れるようになっていく。

人はまだまだ原始の頃の設計のまま精神が変わっていない。数十万年も同じ生活をしていたのが、ある時急に文明を持って数千年でここまで来たのだ。すぐに変われるわけはないし、精神をどうやってうごせば良いかほとんどわかっていない。とりあえず原始時代の人間がそのままベースになっていると考えると、当然目に見えない、いるかどうかも、狩れるかどうかもわからない空想上の獲物を追いかけられるようにはなっていないはずだ。その不可視の獲物を獲得するのを可能にするにはなるほど工夫が必要であるのだ。だから何をするにも、手近な獲物を狩り、達成感を得ていき、原始的なやる気パワーを引き出し、最後の目標地点まで自分の精神力を継続させよう。手近な達成感が全てに勝るように設計されているのだから。

3/16/2016 09:13:00 AM