若者のパソコン離れスマホがあれば事足りる

こうして下層労働者が爆誕するのであった。

パソコンの用途を考えてみよう。キーボードなどで文章を「作成」、表ソフトなどで計算表を「作成」、ペンタブレットを接続してイラストを「作成」、プログラムを書いてシステムやゲームなどを「作成」、音楽を「作成」。つまり作成するための用途がほとんどである。もちろん強力なビューアも多数搭載しているし、ハイエンドなゲームもできるし、スマホでできるほとんどのことが可能である。

唯一負けるのはポケットに入らないというくらいだったが、結局スマホが頭おかしいくらい大きくなってきたので、相対的にその部分に関してもパソコンの方が優位になったような気もする。そういった意味ではタブレットには完勝している。

それでもスマホしか使わないという層は、何も生み出さない、コミュニケーションしかやらない小鳥みたいなもんなので、それでなんとかなるなら、勝手にしてろとは思う。実際、すでにフレームが決まったものであれば、わざわざパソコンを使う必要がないからだ。

パソコンが必要なのは規格そのものを生み出す時だ。新しい規格というのは、最初に何を削っても良いか定義して、それを形にしすることから始める。何かを付け足すということはせず、削ったり省くことで、使用目的をはっきりさせたものが成功して後々生き残る傾向にある。

なるほどパソコンはできることが多すぎて何をやれば良いかわかりづらいし、結局やることといったら限られているからスマホで良いやということもわかる。人にお膳立てしてもらってしっくりくる幸福な人はそういうのが良いだろう。しかし、どうもはまれない、自分で何かを作りたい、作り出す側になりたい、そう思うならパソコンを使うのが道理だ。そう思わないなら別にスマホをさすっていれば良い。

しかし、スマホを使う全員が自分では絶対に何も生み出さない、消費するだけと決めているわけはないはずなので、決められた道具だけを使って、例えば携帯のフリック入力で小説を執筆とかするならそれでも良いと思う。文字データならかろうじて似たレベルの入力がスマホでも可能だ。このブログもそうだ。あとは簡易的な写真も撮れる。コンデジ程度なら今やどの携帯でも撮れる。それ以上は無理だろうが、しかし、一時は考えられなかったことだ。

3/20/2016 01:07:00 AM