なぜ日本のドラマはチープなのか

多分、もっと低予算で作られた海外のインデペンデント映画に比べても見た目がチープだと思う。それはなぜか。

役者の顔をはっきり撮らないといけない規約がある、としか思えないくらい、陰影のないのっぺりしたライティング。これが最強のチープ感を出す。顔平べったい一族である日本人にあののっぺりライティングしたらもう平面画像以外の何物でもない。ライトはこっちから当たっている、という方向性と影の濃淡で立体感を作りつつも、役者の顔が潰れないような塩梅でライティングするのが照明の仕事だと思うのだが、バラエティ番組並みの強烈な照明で影をふっ飛ばして良しとなるなら、これほど工夫のいらないものもない。照明とは一言でいうと「どこを影にするか決める」ということである。それを逆にどれだけ照らすかと考えたら絵作りもクソもなくなる。

フレーミング。カメラの中にどう対象を収めるかということだが、何をどういう指示でやればそんなにことになるんだというバストショットと遠景の往復になったりする。アクション系は特にひどく、かっこよさを出したいというのはよくわかるが、非常にカッコ悪い。意気込みがわかりすぎて酷い場合が多い。ステディカムでやる妙な手ぶれとか笑いそうになるんでやめてほしい。カメラマン酔っ払ってるのかと。まあ手ぶれは海外ドラマでも安直にやりまくっていることがあるので、それでカッコ良いとか勘違いしたのかもしれないが、なんせタダでできるし。基本的には定点で、完璧なフレーミングで撮ってほしい。まあ、指示側がどうすれば良いのかよくわからないんだろう。手ぶれはダサいので、せめてコーエン兄弟の映画でも観て研究しろと言いたい。


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フォーカスが深い。つまりボケ味が全然ない。背景までくっきりはっきり映さないと許さないという規約があるかのようにほぼ全てにピントがあっている。最近はボケがつけられるようにもなってきたが、これまでボケを使った映像演出をやってこなかったせいか、慣れてないのか、違和感しか感じない。せっかくのボケ演出もこれ見よがしで異様さだけが際立ち、効果があるとは思えない。しかも望遠のボケばかりで、露出によるボケは少ない印象。

FPSが高い。FPSが高いとどうしてチープになるかというと、秒間二十四フレームで撮影される映画フィルムに慣れているから……という以上に、モーションブラーが少ないからだ。人の目は百二十をはるかに超える秒間フレームでものを観ているが、認識の上では注視点以外の三次元空間の動きにはブラーをかけて情報の圧縮を行っている。しかし情報を平面上、かつ狭い空間で表示すると視覚認識が容易に可能になり、はっきりしたまま見ることが可能になる。秒間百二十フレーム全てが認識できてしまうのだ。すると逆に違和感が出てくる。本来ブラーがかかるスピードでブラーがかからず認識できてしまうのだ。ブラーがある程度早い動きにはしっかりかかることで、無意識の違和感をなくす、そのちょうどいいし感覚が二十四フレーム前後ということなのだろう。つまり、ブラーがかかるということは、それだけで奥行きのある動きと認識を無意識にすることとイコールであり、そのため違和感がなくなる。この自然さは品質にとっては重要なものであるということだ。

役者の演技。不自然過ぎるというのがあるが、これは人によるので、悪くない場合も多く、決定打にはなりにくいが、役者の演技力のバラつきが激しいのは興ざめ。同じようなレベルの役者を集めるか、演技力がそんなに問われない内容にするか、どちらかじゃないと辛い場合が多い。

フィルムで撮影したような雰囲気にすればかなりチープ感がごまかせるが、そんなことが許されない、ソープオペラ作りにしないとダメという規約がまあ、あるんだろう。――とはいえ、故・篠田昇という天才カメラマンのことを思い出すに、九十年代の市販のホームビデオ用カメラで素晴らしい映像を撮ることができるということがわかるから、一概にフィルムだから良いというわけではなく、どうやって光と影を操って映像にするかという基本的なところの勉強を何もしないまま政治力だけでドラマが作られているからそういうことになるのではなかろうか、と思うのであった。前例を踏襲しないと許されないという圧力と、作り手のこうすりゃええんやろ的な怠惰がいくら金をかけても関係なくチープ感を加速させていくのだ。


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3/22/2016 03:23:00 AM