週明けのグッタリした状態を払拭

簡単に書ける事を何の意味を持たさず適当に書き出していくと、週明けの気だるさも払拭できる。別にここで書き始めたテーマのままずっと書き出さなくてもいい。とりあえずタイトルが決まっているが、それもあとで直せばいい。


ホログラムを登る男


現象の花の秘密

そういえば平沢進のアルバムがもう何枚も出ていたようだ。賢者のプロペラが個人的に頂点だったのでそのあとのアルバムはそれほど関心が無くなってしまったが、とりあえず時間も空いたことだしまた新鮮な気分で聴けるような気もする。

平沢進は思えば学生の時、コマーシャルで聴いたのが最初だったが、それ以降ずっと聴き続け、今敏映画に使われるようになって冷めてしまった感がある。ロックに言いたいこと言ってもらえた、救われたという人は多そうだが、それと同じことを平沢進にやってもらった感覚だった。ただ、自分が目指す音楽がこれというわけではなく、内的な感覚を言語、音声化して抽出して、具現化したような感覚。それと同じ感覚は幾つかの作品でのちに経験することもあったが、最初のインパクトだったので、衝撃は一番大きかった。

田舎では最高でも他の実験的なエグいテクノしか聴きていない人くらいしかいないし、それは音楽でメシを食ってる人で、普通の同級生には聴いたことある人も皆無、同じ地方しか放送されていなかったコマーシャルなので、その話しても誰も覚えてないし、覚えていてもピンとこない様子。自分は夢でも見てるのかと思っていた。

その時全盛期だったのが槇原敬之とかB'zとかで、やがてワンズ、T-BOLANなどに駆逐されていく。その頃には平沢進を勧めるだけでまったく理解を示されないばかりか、嫌悪されるという状態。槇原敬之、B'zはまだ良いが、ワンズ、T-BOLANがいまだに残ってるか、続けられているかというと、さすがにないだろう。ちょっとは何かしてるらしいが、知るか。平沢進は現役で続けてさらに売れ行きを上げてる。先見の明を誇りたくはないが、唯一無二の音楽の強みはこういうことだ。

思えば情報がほとんどテレビしかない時代に、東京から来る情報でテレビに汚染されてない、マーケットを仕掛けられてないものと言えば音楽くらいだった。音楽という大きいくくりでのマーケットは存在していたが、テレビ以外で生の文化を触れる機会というのが音楽にしか存在しなかった。

書籍はもちろんそういう情報の窓口ではあったが、それはあまりに個人的過ぎて、大勢で楽しむためのものである音楽とはまた異質なものであった。若い感覚を満たしてくれる器としては音楽以上のものはなかった。現在はアニメとかそういうものになっているのだろう。しかし、海外からの情報も入り乱れ、その中でしのぎを削るようなものはもうない。ネットは広大過ぎるし、書籍と変わらない。大きな流れと支流が一緒くたに町の片隅のレコード屋に届けられ、自分にバッチリハマる音楽を漁るという経験はいまはもうないだろう。思えばそれが楽しかったのだ。食べ放題は大して食べられないように、何でも聴き放題は最高の一品を見つけ、楽しむことが難しいのだ。今新規で聴き始めるならYouTubeで知るとか、アニメで知るとかかも知れないが、あの時の特別感、自分がついに見つけた感は得られないだろう。すぐに情報が手に入るのだから。


賢者のプロペラ


点呼する惑星


ヴァーチュアル・ラビット


BLUE LIMBO

3/28/2016 09:59:00 AM