膨大に書き出して新たな繋がりを見つけるという最強メソッド

世に溢れるマインドマップだの何だのは結局発想したことをまとめるために使おうとしてあまり成功していないように思う。作法が多すぎるというのもあるし、楽しくない。それよりは脳のジョギングと勝手に呼んでいる思考メソッドをお勧めする。

それは脳にできるだけ負荷をかけないように、ひたすら関連することもしないことも書き出しまくるということ。文章の量とか細かいことはどうでもいいから、問題について思いついたことをまずは書く。そんなものはすぐに書くことがなくなるので、とりあえずそれ以外何でも思いついたことを書く。天丼が好きとか、でも甘いタレは好きじゃないとか。で、文章を適当に書き倒して、何か連想が続くことをさらに書き出していく。

でもどこかで問題が頭の中に引っかかっているから、どうしても問題に絡むようになってしまう。それでいい。無理に問題のこと、問題のこと、と考えず、誰かの期待とかも無視して、自分がその瞬間思いつくことを書く。前言撤回もどうでもいい。決めつけても、その次の瞬間裏切るくらいの勢いで思いつくまま書き倒す。

連想がさらに進むと最初の原型がなくなるが、それでも構わず書き出しまくる。そのうち連想でやりやすいことばかりやり始める。それでも続ける。そうすると問題とは全く関係ないことではあるがこの考え方は凄いんじゃないだろうか、みたいなその後の自分の考え方を変えるくらいのとんでもない考えが見つかる。どこにも存在しない、自分の感覚に最適化したフレームワークみたいなものが手に入るのだ。いや、手に入るというよりは、書き換えられるような感覚に近い。

そして、さらに連想を増やしていく。すると、感覚が信じられない繋がりを見せる時が訪れる。これは今まで自分が全く使うことがなかった脳のどこかが繋がった時に起こる。これはいままで考えもしなかった途轍もない繋がりなので、ほっとくと一瞬で消え去ってしまう。しかしこの感覚がうまく書き留められれば大丈夫、フレームが強固さを増していままで考えたことのないことが考えられるようになる、というか、いままで受け取れなかった言葉がわかるようになる。ニュートリノを発見するような感覚だ。まさかこんなものが観測できるようになるなんてという感動でいっぱいになるだろう。これは問題に直接役立たない。

だが、脳の構造を次の次元に持ちこむための足がかりとなるので、できることならそこまでやろう。やらずにやめんなんてとんでもない。脳の新しい領域というのは考えもしなかった繋がりによって生み出されるようだ。

よく、アイデアはすぐに忘れたら大したことないから忘れて当然ということをいうアホがいるが、そんなことは全くなく、すぐに揮発してしまう、高次元への鍵を手にして、どこにもそれを保管できなかったから消え去っただけだ。財布を落として、パチンコ行って無くなったと思い込むようなもんだ。何の慰めにもならない。それはいままで考えられなかった繋がりが生んだ思考であるから、覚えてられないだけだ。無くなったらもう二度と手に入らない。その繋がりは同じ手順を踏んだんじゃ出てこない。ある瞬間、でかい石がボコッと取れたような感じだ。何度同じことをやっても二度とその石は取れない。別場所で石が取れたとしてもそれは別物だ。そこで、その場所で石が取れた感覚が新たなフレームを生み出すのだ。でもその感覚は一瞬で消え去り記憶にも残らない。だから書き留める必要がある。

そして、この段階では全く問題は解決しない。一見無駄な連想遊びをやっているような感じだ。しかし、すでに問題からは遠く離れている。あまり考え込まなくなっている。だったら思う存分問題から離れて遊べ。気が向いたら問題に向かってもう一度考えてみると良い。すると、急に問題が大したことない感覚で捉えられるようになるし、ならないかもしれない。

問題を見据えて矯めつ眇めつしてる時は何も見えてなかったことが、新しいフレームが感覚的に生まれることによって認識できるようになっていたりする。問題に直に向き合ってもしょうもないことしか浮かんでこない。問題を取り囲むどうでも良いような問題を解決しようとした時にはっと全てを解決する突破口が見えることがある。でも問題だけにとらわれ、それを色んな角度から見ても何も見えてこない。

そして連想遊びで頭のコイルがあったまっている。繋がりの新しい道が見つかったりしている。その状態でみれば、最初悩んでいた時には観測できなかった別の何かが見つけられたりするかもしれない。スカイフィッシュが目の前を横切って行くかもしれない。脳がスパークする瞬間がやってくるかもしれない。

「アイデアは複数の問題をいっぺんに解決するもの」とかどっかの偉い人が言ったようだが、それ自体は問題を見ていたら気付けない。マインドマップ(笑)は中心に問題を据えて周りからあれこれ持っている弾丸を打ち込みまくるような感じで何とかしようとするが、それだと自分の手持ちの技や力がなくなった時に終了だ。まず最初にそれをやるのは問題ないが、そんなものはとっかかりに過ぎない。そんなもののためにあんな色ペン使えだのイラストかけだの、戯けるなといいたくなる。どうでも良いんだよ。今持ってる弾が役に立たないから捨てるためにやることであって、それ以上は何も出てこないと思った方がいい。

新しい思考の経路を作り出し、これまでのフレームを描き直すような体験ができて初めて問題を解くことができる。問題そのものを見てたら全く不可能だ。

なるほど時間がかかるな、だから会議のブレスト(笑)ではやめた方が良い。偉い人が言っていることに頷いて自分もそう思ってたという顔をしていればいい。でアラを埋める提案をすればデキるヤツっぽく思われるだろう。

そうではなく、自分の個人的な、誰に出すでもない問題に関して本気で挑む時にこのメソッドを使うのだ。最初に適度に問題で脳に負荷をかけたら、すぐに解放して、また負荷をかけてというのをパルスのように繰り返して、それまで使わなかった繋がりが生まれるのを見つけるのだ。これを繰り返しいけばやがて問題には直接役立たないかもしれないが、他のことに使える何かが見つかることもある。それは後から自分を助けてくれるだろう。昔は凄いと思っていた頭のいい人をある日超えていたりすることもある。何もないかもしれない。

3/15/2016 08:09:00 PM