文章を書かなければ考えられない領域

人は二桁の掛け算を暗算で解けるようにはできていない。それと一緒で少し込み入ったことを考えようと思ったら、人に伝えられるかどうかは別として、自分の中で計算をする必要があるとき、何もなく考えるとすぐに限界がきてしまうだろう。だから文章に書いて、少しずつ確認しながら書き進めていき、もう一度見直して、さらに考えを深めて、何を考えていたのか、記録を取りながら、フィードバックを繰り返して最終的な結論までゆっくりと進んでいくのが良い。

脊髄反射的に色々意見が言えるのであればそれは問題ないだろうが、そうでもない、自分の考えを新しく作ろうとするときや、考えも及ばない問題について取り組もうとした時に、何も記録せずに頭の中だけで考えられるほどの超人がそうそういるわけない。自分は問題なくできるというなら単なる思い込みだ。サヴァン症候群など、他の知能に問題があるときにそれが可能になる可能性もあるらしいが知らん。

二桁の掛け算は紙で記録しながら解くなら何の問題も無く解ける。それを紙なしで解こうと思うと急に難しくなる。何も無いところで解けると言って、解いて見せたとしても、相手はそれを確かめる術がないし、後で間違いなどに気付けなくなる。もちろん時間をかければできるのかもしれないが、紙とペンがあるのにわざわざ暗算する必要はないだろう。ちょっと書くだけで面倒な計算が小学生にでも解けるようになるのだ。

だが、紙に書き出す、モニタに表示する、など、書いた痕跡を残すようにしようとしても、大部分の人がまず書き出すこと自体に労力を使うし、億劫だろう。それは多分、適当なことを書くにしても短文で書いているからだと思う。長文で書くのがその壁を超える最善手である。なぜなら短文はキーワードに近いため、考えないと書き出せないからだ。前後の流れのないところで突発的にものを書き出すのが簡単なようには人間の脳はできていないようで、それよりも流れを繋げて行って最後にこうかもしれないというキーワード的なものが生まれたり、特になかったりするほうが書きやすい。キーワードは運的に出たり出なかったりするものである。

箇条書きをやめたのも結局はそういうキーワードの連続をやり続けることになるので、いくら適当に書こうと思っても妙な疲労感があった。問題は負荷である。掲示板で適当に書くとかやっても同じような疲労感がある。ツイッターも同じだ。かなり負荷が高いのでやりづらいのだ。要は短いから簡単、手軽というわけでは無く、繋がりがあるから脳が簡単に動くということなのだろう。マインドマップはその繋がりを明示的にやっているから書きやすいという妄想をしやすいのだろうが結局は箇条書きと同じキーワードの羅列なのでかなり負荷が高い。続けるには条件が多すぎで、さすがに気軽にやれるようなものではない。

しかし、適当にメモ帳にでも長文を書こうとやり始めると、これが面白いように書き出しまくれるということがよくわかる。なぜかはよくわからないが、多分書いている間に軽い刺激みたいなものが脳に作用するというのと、その中で無理に意味をつけたいという気が起きないからだろう。必要なのは流れがあるということだけで、キーワードではない。すると、いく先々で必要な単語というのが浮かび上がっては消えていく。それを繋ぎ止めるため書き残しておく。暗算でその閃きがやってくることは少ない。箇条書き、マインドマップ、どちらもそのキーワードを暗算でまずは出して、それを意味ある枝にぶら下げるというやり方なのだが、創造には向かない。まとめには有効かもしれないが。

長文でも、書き出しているとある瞬間に、キーワード同士が信じられない繋がりを見せる。最初、キーワードと認識していなかった言葉、単語がモニタ上で煌めきを見せ、それを繋ぎ合わせる、脳内でもそれが起こる。そうして書き出しても、実は終わりではない。それらは文章に書かなければ全く認識できなかった内容ではあるが、それでも、その先があるのだ。もう一度読み直してみることで、その先に行ける。実は自分が長文だと思って書いていた文章というのは説明不足だったり、まだよく繋がりのはっきりしてない時になんとなくで書いていたりするものだったりするのだ。それは、絶対もう一度読み直さないと気付けない。実は書きやすいように書いているだけ、先に進めるためさっさと書き出していただけというのが読み直してわかる。そうなったら、間に文章を差し込んでいく、すると、ちゃんとまとまりのある長文になるし、そこで気づかなかったもっと良い考えが浮かんだりする。

別に職業ライターになるために書いているわけではないし、何か目的があるわけでもない。お小遣い稼ぎにもならない。こんなことで稼ぐならもっと良いバイトがあるだろう。そうではなく、憂さ晴らしと、自分が誰にも強制されず脳を解放したらどこまで考えることができるのか、そのための愉快なツールとしてブログを活用するというのがあるが、単純にあの繋がりの閃きを見つけた時のエキサイティングさに中毒になっているだけである。これは解けなかった問題がどんどん解ける「気がして」面白い。

3/23/2016 09:44:00 AM