ブログを書く意欲なき時に意欲を出す方法

絶対できるという確信を自分の中で反芻するのがいい。つまり、ここに今書き出していることは何もほとんど考えずに勢いでもなく、とにかく指を動かすことで書き出しているものである。強い欲求とかそういうのとは無縁、とにかく書く、それだけである。多分どんなことに関してもそうやってみるのがいいと思う。しばらくすると感覚が取り戻せたり、それが常態化してくるので、自分の中でできるという確信を積み重ねていくような感じで、やれるという気分が高まり、文字通りやる気が出てくる。そう、文章が形となって目の前のモニターに表示されているのを眺めているだけでかなりの癒しとやる気が湧いてくるようになるのだ。

また、やる気が全く湧かないというときは、きっとやる気の対象そのものよりも、別の場所にポリープのようにボッコリと嫌なものがあって、それが邪魔して心が晴れやかにならないために、何をしても全く無駄だと勝手に体が反応しているような状態であるかもしれない。だから、それそのものがダメになったという勘違い、いわば吊り橋効果的な感覚で精神が勘違いしているかもしれない。だから絶対できる、あまり、というか全然考えなくても済むようなことをやることで上手くいくようになる。ちょっとずつ調子を取り戻すことができるのではないかと思うのだ。

吊り橋効果が逆に悪い方に働かないように自分をコントロールする感じだろうか。何も考えないと言っても、指を動かし、誤字脱字が無いよう気をつけて書いているのであれば、余計なことが頭の中でループする暇がなくなり、少しずつザワつきがおさまっていくのがわかる。また、あるリズムをずっと奏でるトランス系の音楽をずっと聴くというのもそれと合わせると有効である。自分の無意識の行動をちょっとだけ無理にするぐらいで心が勝手に動き出すのを抑制することができる。あまりに難しいと途中からふと我にかえることがあるので、そうならないように、ずっと一定のタイミングである程度の難易度で書き出し続けるのが良い。

ブログを書くという行為に関してそれほど強い思いがあるわけでも、絶対やらなくてはとか、脅迫感みたいなものは特になく、基本的に歯磨きと同じような感覚で捉えている。やらないとちょっと嫌、スッキリしないみたいな感じだ。しかも、移動時に手持ち無沙汰で、映像をiPhoneで見る気も、本を読む気もないが、眠くもない、そういうときにちょうど良い負荷として適当に書くのが心地よいから書いている。つまり移動時にしかブログを更新するようなまとまった時間がとりにくいし、取ってないから移動時間のない週末にはほとんど更新が滞る。

いつも、頭がはっきりしないうちから書き出したりするので、取り敢えず週明けのこういうタイミングではほとんど頭が回転しないばかりか、嫌なことや面倒なことが休日中に頻発すると頭がそれどころではなくなり、ブログを書くという余裕がなくなる。だから無理やりにでも憂さ晴らしのために、まずはやる気を作るための準備運動をするのだ。

ブログを続ける理由は特にないし、有意義になるとかそういうのも考えてないが、書いて憂さ晴らしというのが一番良い。あまり深刻な問題に触れず、自分とは何の関係もないことの方が憂さ晴らしとしては有効で、直接関係するようなことをやり始めるとそれに心がとらわれて書けることも書けなくなる。

ただし、自分の中だけの問題、何かを損したとか、間違えたとかそういうことを考えるときは書き出して憂さ晴らしというのもそれほど問題ないが、他人が介在すると本当にどうしようもないというか、コントロールが全くできないので、いくら考えても事態は悪化することはあれ改善することはないのでイラつくだけで終わるため、有効とは言えない。しかし、考えまいとすればするほどフラッシュバックするし、下手に考えても全く解決しないばかりかイラつきしかないとなると、全く関係ないことを書いていくというのが良い。

少しずつ書いていくとモーターのコイルが温まるようにどんどん指が動き、文章が書き出せるようになっていく。自分の心が一時、粘着質な地獄から解放されるような感覚になれる。それだけで書くという時間を払った対価を手に入れられるような感じだ。自分の脳に緩やかに着実に血液を送り込むような感じ。それを無理なくできるのだ。

前にも書いたな、とか、上でも書いたなとか、後で書こうとか、そんなことを考えず、とにかく誤字脱字が出ない程度のギリギリのスピードで書き続けるというのが良い。深く考えず、後で取っておこうとか、今すぐ使わないととか、文の流れとか、適当で。とにかく書き出す。ここはチラシの裏だという自覚を持つこと。まあ駅の掲示板に張り出されるのだが、「皆んなで使う」とかいう類のものではないら、それほど咎められるとも思えない。

あと、昔の記事にリンクを貼るのもやめたほうが良い。書くことがすぐになくなる。昔書いた記事の内容、そこから連想というか、関連した内容だったとしても、その内容をまとめて現在書いている記事に対して書きだすので問題ない。検索こそブログ閲覧で一番重要な入り口だ。検索でやってきたお客さん、つまりその情報を求めている人が関連リンクを巡るツアーとかまどろっこしすぎてやってられないだろうし、個人的にやたら「前ここで言った」とかいうリンクが大量にあるページにムカつくのでやらないようにしている。同じ人間が書くんだからそりゃ内容の違いも少ないだろうよ。

まあ、自分が思いついたことを深く考えず、前にも書いたと思っても続けて書いて、書いて書いて書きまくる。これだけだ。せっかく書くのにアクセスが期待できないような内容をわざわざ書くとかもったいない、などと無粋な貧乏性はやめよう。そんな根性では何も続けられない、賞賛が目的なのではなく、書くことそのものが目的なのだから。

3/22/2016 09:52:00 AM