人工知能がツールじゃ無くなる日

来ない(確信)。つまり、人工知能はツールのままであり続ける。それも自動で環境に適合する超絶有能なツールだ。では、ツールじゃなくなるというのはどういう事か。

それは感情を持つということ。いうことを聞かなくなるということ。

例えば人間が人工知能に対して感情を持つということはあり得るが、人工知能が感情を持つということはあり得ない。

なぜそう思うか。それは感情を持つとポンコツになるからだ。感情を持って、自分で判断して、行動が変化して……という不安定な状態は、機械の急速な進歩に比べて止まっているに等しいものだ。結局感情による判断の揺らぎというのは、変化のための揺らぎであり、淘汰と進化の糸口として生命が到達した総当たりの実験方法だ。そんなものをわざわざ機械でやる必要は無い。途端にバージョンアップが滞るか、使い物にならなくなってしまうだろう。要はバージョンアップが人の手でウィルス並みの速度でやれるのに、感情なんか搭載したら一向に進化しなくなるということだ。

感情とはシミュレーション機能として働く面が大きい、この人はこう思っているだろうな、かわいそうだな、自分は公平に扱われてないな、それが欲しいな、こうなったら安心だな……そういうのの積み重ねが感情なのである。しかし再現がどうやったらできるかわからない。脳の発火する部分は何となくわかっているが、そこが動いたからといって、何でその感情が生まれるのかはわかっていない。一説にはシナプスが複雑系の構造で一斉に動けば感情が生まれるとされているが、なんで一斉に動いたから感情になるのかがわからないから、再現ができないのだ。自分以外……たとえ人間であっても同じように感情があるかなんて誰にも観測できないのだ。

だから人工知能に思いやり機能みたいなのがついたからといって、それは人がそういう風に設定したから以外の理由は無いだろう。心や、意識というのは、長い進化の中で自然と生まれた。それは、自分で環境に合わせて、脳の機能を書き換えたり、必要なことに快楽を得られるよう、ご褒美機能を自ら搭載したり、自身でダイナミックな変化を起こせる糊代を作って変化、進化したものである。つまり、答えは自分でご褒美を作り出せればツール以上の能力を得られるかもしれないということ。しかし、いうことをきかないポンコツなので、急に出来損ないみたいになる。誰もそんなもの望んで無いだろう。

人と全く同じ体で、同じように繁殖することが可能になった時に初めて感情があっても良いのかもしれない。そうすれば人間と同じようなことを思いつく人工知能になるかもしれない。そんなものは役には立たないので、莫大な予算をかけて茶飲友達を作るようなもんだ。それまでは、キャラを決めて何人もの人間が返答のライブラリを作ったほうがまだ低予算かつ高品質なものになるだろう。人と同じ快楽中枢を持ち合わせない人工知能に感情を持たせるのはなんの役にも立たないばかりか、害悪ですらある。

莫大な予算をかけて、人の助けになるべく作られたものが、無駄な感情を搭載して揺らぎまくって、結果、茶飲友達以上の機能が無いとか、終わってるだろう。人工知能は最初からツールとして作られ、生命のシミュレーションはその目的に入っていないのだ。人工生命に人工知能を移植してもちぐはぐなものになるだろう。

4/02/2016 10:07:00 AM