なぜ皆ゴリラに気づかなかったか

非注意性盲目とか言われる現象があり、とてつもなく強力に作用するので、たとえプロフェッショナルであってもこの状態になると事故が避けられなくなる。手品もこの感覚を利用して作られている。

昔の実験で、白か黒のシャツを着た人達がバスケットをする映像が映され、白のシャツを着たチームがボールをパスする回数を数えるという問題が出された。映像の途中でゴリラが現れて胸を叩いて去っていったが、半数はそのゴリラに気づかなかったという。実際、話題になった時それをやってみたが見事気づかなかった。得意になって数えているほどその状態になりやすい。

注意力散漫なほうがその手のミスが少なくなるのかもしれないが、そういうわけでもないみたいで、約半数の人は意識の集中が行われる時、この非注意性盲目の状態になり、にわかには信じられないようなミスを起こすようなのだ。これは何をしても無駄なのだろうか。

実は原始時代のファンクションがここには有効である。つまり、別の感覚器官への刺激、視覚なら聴覚など、あとは人の顔を認識する能力、自分の名前が呼ばれる、蜂やムカデや蛇などの驚異を感じる対象の出現……

これは大脳新皮質を活用している時にこの非注意性盲目のエラーが起きやすいのだが、それはこの手の集中力は、人類が新しく獲得した能力であり、利用するのにかなりのエネルギーを使う。意図的に他の情報をシャットアウトして、本来散漫になってしまう状態の作業に集中するようにしているのだ。だから、昔の脳が遊んでいる状態になっている。つまり、原始時代から培われた「快」「不快」だけで何とかなってしまう、あの能力に働きかけて利用するのだ。

他の情報をシャットアウトするこの状態はかなり強力なので、事故防止のために覚まさせるだけじゃなく、マーケティングにも積極的に利用できる。わかりやすい例として、クーポン券がある。複数種の中で「その商品を選ぶ理由」を用意してやると、人は他の商品に目がいかなくなる。数百万種類の組み合わせのパスタにも、選ぶ理由が用意されれば人はいそのパスタを選ぶものだ。

4/12/2016 03:10:00 AM