真のミニマリストになるためにゴミ屋敷と同じ病気のカラ屋敷に中指立てる

自己満足の境地であるミニマリズムは、下手をすると病気と直結する危険な手段である。僧が何百年もかけて編み出した欲のコントロール、精神の安定方法である。下手に素人が手を出せば断食と同じで体を壊す。ミニマリストは体を使うことは無いので精神が破壊される。

何百年も前に、仏門の僧侶達は所有しない、食べない、深く考えない、そういうことをするために世俗を離れ、孤独な環境で精神をコントロールすることが可能であることに気がついた。何百年経っても、人の感覚は生物的に変化しないから、根本原理は変わらない。だから今でもそのメソッドは有効で、勘違いした素人が試してみて事故ったりする。いくらミニマルな環境を作りたいと言っても、最低限必要な装備というものがあり、それすら削ろうとするのは病気である。拒食症とか、過食嘔吐と同じ。

そういう病気を避けて、プチ断食ならぬプチミニマリストを目指そうというのが本ブログの裏メニュー、と今考えた。どうすれば日々の生活の中でミニマルな環境を作れるのか……まずは自分のものからやってみよう。使っているものは長持ちして飽きが来にくいものにする。スーツとかならそれが一番良いが、スーツで働かないなら、しょうがないので、ズボン、シャツやセーターをそれほど規格に差異がないようにする。食器もそうだ。使う数以上持つと管理ができなくなっていく。使わないものは思い切って捨てるべきだ。軽くて使い勝手の良い大きさの食器を、ちぐはぐにならないように規格を統一して揃える。

規格の統一がまずは整理整頓もといミニマルな生活の最初の段階。分ける際にいらぬ使わぬものがはっきりしてくる。もう何年も使って無い、忘れてたというものがあるなら捨てても良い。すぐに使うかも、と思うなら使えば良いが使わないでここまでやってきたのに急に必要になるとかあり得ない。だから捨てれば良い。捨てる前にバッファフォンダを作っておいて、そこにためておくというのは、捨てる技法の基本。まずは使うものを明確にして、使わないならバッファ行き、そして何年経ってもバッファから出て来なかったものは捨てるというのを徹底していく。いきなり全部捨てたら問題が出るので、それは避けたほうが良い。

この捨てるという行為はそれだけで快感だし、スッキリした部屋にいると満足感、達成感があるから勘違いしやすいのだが、別に何も生み出す行為では無いのに、達成感があるというのは、異常事態であるということだ。麻薬などと一緒と思ってもらっていい。これをこじらせると病気になる可能性が高い。ここにのみ快楽を得るようになると、過食嘔吐と同じ病気になる。

しばらく繰り返していくと、部屋がスッキリする。気持ち良いだろう。しかし、ここに囚われると、拒食症に似た症状を発症することがあるので注意だ。やるべきことを明確にして、そのためにできるだけ豊かで最善の手を考える。その場をただの何も無い場所とするのではなく、快適で楽しめる場所にするために知恵をしぼるのだ。そのために障害となったり、煩わしいものを省くだけである。目的と手段を取り違えて本末顛倒したら病気になる。

ミニマルな生活というのはそういう手段であって、それそのものを楽しむためのものでは無いのだ。すべきことに完全に没入するために、それ以外をできる限り簡略化して成立させるというのが本来のミニマリストの有り様である。ものを持たないだけではただの管理能力の低いアホと変わらない。ものを減らした先に、何に集中するか、その対象がなければひたすらものだけ減らして得られる満足感に浸るだけのポンコツになってしまうだろう。

4/04/2016 01:17:00 PM