短文で何かを表現するのは四コマ漫画並みに難しい

うまいかどうかは別として、労力が長文書くのとそれほど変わらない。というより長文の方が楽だ。一言で意味の伝わる文章にしなくて良いし、的確な表現とかも考えなくて良い。そのまま考えたことをダラダラ書いても、最終的に意味のある文書なれば良いだけだから、全然長文の方が楽に書ける。

かつて手塚治虫は四コマ漫画が描けたらどんな漫画でも描ける、四コマ漫画こそ漫画の基本、というようなことを言ったとか言われているが、それはそうだろう。いくら短くても構造がしっかりしてないと話は伝わらない。その構造を作るのが一番難しいし、さらに省略しても伝わるギリギリのラインで描かなければいけない。

時間が一番かかるのは、考えている時だ。このブログは無理に考えずに、思いついたことを適当に書き出すことでストレス発散が目的なので、短文で意味の通じる文章をかくより全然簡単に長文を書き出している。もちろん物理的な時間は長文を書いた方が長くはなるが、考えて、問題ない文章に整えて、そこから書き出して、短くまとめる、みたいなことをするよりは精神的にも感覚的にも負荷が低く、簡単に書き出すことができる。

短文でドヤ、と書き出すことは、どんなにつまらないことでも、人を意識しないと無理だ。メモのような断片的な文を適当に書く、チラシの裏用掲示板でうちもやっているが、そんな文章ではな人が読んだ時わからな過ぎて発表する意味がないので、とにかく人にわかるのを優先的に書くことになる。

それが長文だと、書きながら思いついたことを間に突っ込んでいけるとで、ドンドン増えても何も気にせず、意味がわかりやすい方を選択して書き出していける。文字制限も特にないし、いくら詳しくクドクドと書いても誰にも咎められない。それが短文になると制約が増えて、書き出す文も考えないといけなくなる。考えるのも、短文の場合、文章じゃなくて、タイトルを考えるような感じになるから、脳の使う場所が違う感じだ。タイトルを考えるのは単純に難しい。短文で切ってしまうと、キーワードとかそれを見つけたらすぐにバーっと広がるようなものにすらならない。欲求不満かつ、困難ということは、書くための意欲を失う。

個人的にツイッターが続かない、というのはそこに原因がある。つまり、キーワードはそれがあるだけで無限に好き勝手書けるのに、それを分断することで、それ以上の発想を難しくする。わざわざ一番の醍醐味を捨てて文章を書きたいとは思わないので、続かなくて当然だろう。もしかしたら

文章が書けないと言っている人は、短文で簡潔に、というやたら制約の多い書き方が苦手なだけで、実際は長文を書いたら楽に書きまくれる可能性もあるのかもしれない。

4/04/2016 09:04:00 AM