なぜ英語なら人工知能との会話がやりやすいか

まとまりを単語で見分けられるから。単語の次に何が来るかがプログラムしやすい。それでも膨大な量のライブラリになるが、Googleの人工知能はその辺の問題をうまいことやったみたいで、チェスは英語的なまとまりで把握可能なゲームであるが、囲碁で勝つというのは、どちらかというと日本語を読むことも可能な機能に近い。

無形に近いものから有形のものを見つけ出すことができるというのはデザインパターンの把握がまず自分で学習出来ないと不可能だ。これはこうきたら、次はこう来るというボンヤリとした期待感のようなものが何万と繰り返されるから、塊として認識されないものを塊として認識することが可能となる。

まとまりをどこに置くかというプログラムの粒度をより細かくするというのが重要である。粒度が細かくなるごとに指数関数的に選択肢は増えるが、人はこの選択肢を普段の経験から読みとるようにできている。できなければ人格障害があったりする。

まとまりが当然そう来るだろう、という近さであるのに、それは実はまとまりではない、ということもある。新宿駅のオシャレ(笑)看板がそれだ。

4/15/2016 08:18:00 PM