手ぶらの美学

何も持たずに出かけて行って、人を楽しませて金を稼いで帰ってくるという美学がある。松本人志が言ってたやつだ。古くは放送室の頃、最近だと先週のワイドナショー。

作家もそれに近いものが可能である。しかも家から出ないことも可能だ。スペースも観衆も必要ない。Amazonで流通に乗ってしまえばそれだけで何千万人にも届けられる。ブロガーとか言われる人たちも同じだが、あの人たちはMacBook Airをもってスタバでドヤらないといけないので、手ぶら感は少ない。

作家となってしまえば、売れなくても家で仕事ということが可能になるので羨ましい。電車通勤が本当に嫌いだ。それだけでも相当な動機となるが、売れなければ無理なので、やっぱり夢に過ぎない。宝くじ当てるようなもんだ。続ける方法はいくらでも思いつくが、出版社に担当をつけてもらって、続けさせてもらえるわけはないので、自分がインディーズとなってやるしか無いだろう。親方Amazonだ。

自分を作家にするために動き出すチャンスだ。食えるほどの作家になりたければ相当の犠牲か運の良さが必要になるだろうが、趣味で流通に自分の書いたものを乗せるというのもありだろう。何も臆す必要はない。

こういった言説系の文章であれば無限に書けるが、物語になると全く書けなくなるので、多分、修行というか、トレーニングが足りないのだと思う。

よく考えたら、こういう言説系の文章も書いていて何か面白いかというとそれほど無い。たまに信じられないような繋がりを考えが持って、驚くことがあるが、何も考えていないのに自然と文章が続くので、それが楽しいというだけだ。

物語もそれに近い方法で書き出せば良いのかも知れないが、基本的に書いてこまめに公開しないと続けるモチベーションにならないというのがネックである。こんなに書いたのに外に出すにはまだまだ……というのだと、やる気が萎えるのが早い。

だからここで小出しにしていく、というのが良いのかも知れないが、そうすると内容が、売るようなものにならなくなってしまう。

やはり製品として作ってリリースというのが順当な方法なのだろう。

ブログの更新はそういう物語で溜まったフラストレーションを吐き出すための手段として利用するのが良さそうだ。

4/27/2016 07:33:00 PM