高潔なる不完全さ

侘び寂びの感覚は高潔なる不完全さをテーマとして持っている。単なる不完全さでも高潔さだけでもなく、人の洗練された美意識の上にのみ再現可能な自然の美しさである。極端に走ることなく、平板な感覚で、完璧なものを少し緩めることでそれは再現される。

西洋の美術の対極にある感覚ではあるが、ようやく思考の余裕を持てた欧米人にもその辺のルールが踏襲されるようになってきた、というか、追いついたというか、やっと発見できたというか、なんかそんな感じだ。

このブログも元々侘び寂びの感覚をもたせたいと思っていたが、どうやれば良いのかよくわからないので、とりあえずミニマルな部分だけを適用している感じだ。

茶道は侘び寂び哲学の体現文化で、いびつな茶碗に、完璧な形状で美しく開けられた丸い窓、それを区切るのは拾ってきたような枝の格子、にじり口より入り、茶を飲むまでの行程を楽しむ。茶を美味しくする以上に、その過程を楽しむということに重きを置いた文化である。究極的にシンプルで、それしか存在しないミニマルな空間、それしかないのにそれ以上を思い浮かべられないという不思議。そういうブログを目指したが、やっぱりよくわからないので、ちょっとずつ変化させていこうと思っている。

4/19/2016 09:31:00 PM