ミニマリストは何も持たない人ではなく命題密度が濃い人

命題密度とは一つの対象にどれだけの意味が含まれているかの指標で、計算式で割り出せるものだと言われる。

命題密度=深層命題÷表層命題。

しかし、こんな計算式なんぞ使わなくても、単純にそのもの自体に複数の意味があるというのがわかれば密度が濃いと言える。

しかも、それは最小単位でなくてはならない。つまり十得ナイフは命題密度はそれほどない。あれは単なる機能の寄せ集めだからだ。それ以上引くことができない対象に一手間加えることで多くの意味を持たせるという感覚が近い。

物理的なものよりは概念的なものに使われることが多い。例えばAppleのロゴはひとかじりしてあることで、楽園追放の知恵の実を表すし、ニュートンの閃きの象徴であるし、健康に良いとされるし、良いイメージがいくつも重なっている。これを命題密度が濃いという。

ミニマリストの勘違いは「ものを持たなければええんやろ」と「もの持ってないから、持ってるやつより偉い、ドヤ」みたいなことだが、これは文字通り馬鹿の一つ覚え、大きな勘違いで、一個で必要なことをどれだけ叶えられるか、という基準でものが考えられるかどうかである。例えば喉が渇いて台所に行くならついでに途中にある便所に行き、お菓子を引っ掛け、洗濯機を回し、茶をいれて戻ってくる、みたいな一度に全てを段取ってやりきってしまうようなことができるかどうかである。一つの行動の命題密度が濃い状態を常に意識的にやっていたら、無駄な時間、つまり馬鹿が右往左往しているような状態を回避できる。必要最低限というのはそこにある。ものが少なくから必要最低限ではない。

4/15/2016 12:59:00 PM