脳の作った関数を利用する

人類が進化の過程で手に入れた象徴的なイメージを利用すると、ややこしいことでも簡単に説明ができたりする。小保方の研究内容がよくわからなくても、色恋沙汰だの職場恋愛だの、不倫騒動にすると途端に盛り上がりをみせて収集がつかなくなるくらいはしゃぎ出すアレだ。

戦争を焚きつけるためにも有効なようで、印象としての悪、正義をわかりやすく演出さえできれば、石油と軍需産業がとても儲かるので、ちゃんとシナリオが描かれた。挑発と脅しで追い詰めて、相手が怒ったとしても、挑発と脅しは隠れて行っているので暴かれない限り世に出てこない。警告を与えると偽ったり、正義に偽装するなど色々やり方はある。あとは追い詰められた側が攻撃を始めるのを待つだけ。普通は火の手があがる前に抑止したほうが良いが、そうなると正義は自分には無くなって世論的に不利になってしまうので、できるだけ自分を正義側に置いておく。

正義と悪なんて、この複雑な世界にそう簡単に割り切れるものではないと誰もが思うが、明確に分けてもらったほうが人は嬉しいし、燃えやすい。

そういう分かりやすさ、というのは脳が進化の過程で手に入れた関数、ファンクションなのだ。そんな単純な話ないだろと少しでも知能の高い人は気づくが、だからと言って、関数が働いて興奮した大多数は気づかない、気づきたくないので、いくら視点を変えて物事が考えられたからといって無駄に終わる。人は興奮のネタを探しているのだ。スポーツ観戦なんて頭大丈夫かと個人的には思うが(選手へのポルノ的な下心があるなら理解はできる)しかし、あれは闘いの興奮が手に入れられるから異様な盛り上がりを見せるのだ。

俺らとあいつらという世界に人は異様な興奮を見せる。これは原始時代に培った感覚だろう。マーケットでもそれが利用される。わかりやすいもの、つまり脳が標準的に搭載している文化とか無用な共通認識というのは、長い年月をかけて、すでに世界中の神話だの昔話だのに含まれている。複雑な掛け算を人はやりたくない。ただの足し算、指で数えられるだけの計算で十分なのだ。だから何かを発表するなら、そういう「分かりやすさ」をベースに設計すると幸せになれる。

冷静に考えると何も単純じゃないのだが、なぜか簡単に処理ができてしまう……というのがその関数なのである。物語の書き方系の本にその手のイメージ、象徴などのまとめは多く載っている。文明があるとき消えても、人間という種が生きている限りこのイメージは記憶され続けるだろう。だからここは放射能があって危ないよというイメージポスターは言葉なく印象だけで伝わるように工夫して描かれたという。

4/05/2016 01:11:00 PM