なぜmacやiPhoneは機能やスペック以上に「見た目」にこだわるか

見た目の良さは、いくら機能やスペックが劣っていても、それだけで使いやすいと錯覚してしまう要素として機能するからだ。なるほど、確かにある種の誑かしではあるが、人ですら見た目の良さがほとんどの評価に影響するのだからしょうがない。第一印象が後々まで影響を及ぼすというのは普通で、何も不思議ではないだろう。

これは機能やスペックと見た目の良さがトレードになるものですらない、不細工だけど料理のうまい奥さんか、美人だけど料理の下手な奥さんか、ただし料理の腕前は上がらないものとする……という選択が2ちゃんで散見されるが、思考実験的にはトレードできたとしても、実際の選択の場では美人は料理もうまいような錯覚を持たれるということ。お見合いパーティで料理の腕前は測りようがないし、うまい飯が食いたければ自分で作ればいいという男も多いだろう。

まして物になってくると、その違いは顕著で、自分の気に入らないデザインの製品に対しては全く愛着がわかないのだ。だから同じスペックのパソコンがあるなら、ケースのデザインが決め手となる。BTOをやめたきっかけはそれだ。気に入ったケースが選べない、選べる業者では高すぎる、自分で作ったほうが勉強になるし、できたものに愛着がもてる。

デザインの良し悪しは創作性にも影響を与える。自分が常に触っていたいものがその窓口であるなら、やる気も出るし、動機にもなるが、何の愛着もないものでは「こうすりゃええんやろ」状態で何のやる気も出ない。

見た目が良いだけで使いやすいと錯覚し、受け入れやすくなり、作業の動機になり、愛着がもてる。そのことにジョブズは最初から気づいていたから、機能やスペック以上に箱のデザインや見た目にこだわったのだ。ようやく気付いて皆が真似し始めたが。

4/05/2016 07:25:00 AM