子供の時に憧れた秘密基地の魅力は何だったのかを考えていく

子供の時、秘密基地に憧れていた。適当なところに作るのだが、作って何かしようとか、そういう目的が特にあったわけでは無い。とにかく作ること自体が楽しかったのだ。

何がそんなに楽しかったのか、もう一度思い出してみよう。多分、あれは原始的な欲求に根ざしたものである。

原始時代、我々の祖先は洞窟に住んでいたとされる。そこで狩猟を行って持ち帰った獲物を調理、保存してして腹を満たし、次の狩りや子育てなどの資源として活用していた。リソースの貯蔵庫であり、外敵からも守られ、生命を維持する装置として絶対的な安心感がある場所だったのだ。

それを本能がまだ文明に影響されずむき出しの子供の時は非常に素直に感じ取っている。自分の城、つまり完全に自分でコントロール可能な場所を自分で作るという感覚を欲しているのだ。

それが発現するのが秘密基地制作だろう。そこには奪われたら困る大事な資源となるものが入っているはずだ。誰もその場所にやってこないように見つからないように、色々な策を練ったり、仕掛けを作る……

しかし、人が増えすぎた。そんな空間はもうどこにも存在してない。しかし、そういう何かを感じられる場所というのを欲しているのは間違い無い。自宅がそうなれば良いが、共同で住んでいる相手がそれを邪魔する存在である場合のほうが多い。だから男はデン空間を欲しがるのだ。引きこもり、次の狩りに備える場所。自分を醸造して強くする場所、それがあれば外敵から身を守り、落ち着ける場所……

では、どういうものにすれば良いか。抽象化して考えてみよう。

自分の獲物の頭蓋骨を飾る、つまりこれだけの獲物を仕留めたという誇りを持つためのもの、トロフィーで現代は代替される。自分が趣味で続けることの戦果を保管する。

資源を貯めておく。自分で料理を作らないなら、食料は嫁が管理している場合が多いのでそれ以外の保存の効く乾きもの、酒のつまみ的なものでも良い。また資源は別に食料に限られるものでは無い。プラモデルやるなら余ったパーツや分解したパーツなどもそれにあたる。文章を書いたり、本を読むのが趣味なら本が資源になるだろうし、絵なら画材などがそれにあたる。誰にも邪魔されず、そういう資源を貯められる場所にするのだ。

ただしこういうものは使う予定が全く無い、つまりゴミになるようなものであった場合、装飾的な意味しか無いので、写真に収めてそのまま売るか捨てるかすべきだ。空間は限られているし、自分の管理出来るものは限られている。自分が苦なく続けられる程度の物量じゃないと金持ちでもない限りすぐにパンクして終わるだろう。使わない、触りもしない飾りは圧縮する、つまり写真にするとかで良い。

有限の空間内の埃一粒までもが自分の意思に従う、そういう状況を作り出すのが重要なのだ。

高速演算用にデスクトップパソコン、移動用にノートパソコン、普段常に持ち歩くようにスマホ、この三つが秘密基地に保管できるならそれで良い。人によっては高速演算用のデスクトップパソコンもいらないだろうし、ノートパソコンも埃をかぶっているということもあるかも知れないが、三つすべてのデバイスを最大限に活かすならば、可能性含め全て重要である。スマホでブラウズだけで最高ヒャッホイというマイルドヤンキー(笑)ならスマホだけで良いだろう。

工作する場所でもある。獲物を捕るためには武器を充実させなければならない。

ここまで見てくると、秘密基地の内容というのは嗜好性が大きく影響するだろう。人によってはアダルトグッズで占められている場合もあるだろうし、プラモ、フィギア、ラジコン、デジタルグッズ……収集癖の行き着く場所である。人殺しが部屋に色々な一部分を保管するのも同じ感覚からだろう。あっちは人間が獲物というふうに暗い記憶が蘇っているから事情が違うものの、同じようような感覚であることは想像しやすい。

嫁が台所に腐敗コレクションを築いていることにうんざりしている旦那も多いかも知れないが、どんなに狭くても、自分の部屋という落ち着く空間を用意してもらうというのは重要だ。

5/30/2016 09:34:00 AM