手書きで書く意味

記憶に定着しやすいから、とは良く言うが、テストで問題が出る範囲が決まっている学生じゃあるまいし、記憶に定着する必要はほとんど働き始めてからは感じなくなった。

会社で決められた資格を取るなど、すでにやることが決まっているという人ならそれでも良いのかもしれないが、基本的に大人になってから重要なのは知識量では無く、実践的な力だ。考えるだけでは無く、実際に自分で試してみて、実際のところを確かめるフェーズというのが最も重要になってくる。

いくら水泳の本を読んでも、自転車の本を読んでも実際にそれができるようになることが無いのと同じで、大人になってからの学習はテストが無いので実際に自分で動かすことをしないといけない。英語も、プログラミングも、一見テスト的にやれると思われそうだが、水泳や自転車と同じで、やらないと身につかない。やる意味が無い場所、興味も無いが、これだけやっとけば良いんだろ、みたいなテスト勉強とはわけが違うのだ。しかし、だからこそ面白いのだが。ケシの実をどうやったらこぼさずにあんぱんに乗せられるか、班長の指導のもと、毎日工夫する日々だ。

……ということで記憶に定着しやすくなるという言説は、不要な勉強の時に強いられるものであって、自分がどうしても使いたいと思った情報には適用するものでは無いということである。自分の好きなあんな映像やこんな画像に出てくる女優などを紙に書いて記憶に定着しやすくなんてしないだろう。したけりゃすれば良いが、無意味だ。もうすでに強く気持ちに残っているのだから。やったとしても、それはもう別の意味で書き移すだけだろう。

個人的には、手書きで書く意味というのは、デジタルでは不便なことをするため、以外の何物でも無い。つまり、自由なレイアウト、図、フローチャート、イラスト、省略マップなど。あえて不便さを楽しもうとかいう発想も欲も無い。絵は苦手では無いが、文字は汚いので、なるべく手書きしたく無いというのもある。あと、手書きだと書くのが遅いので、思考についていけなくなる。漢字もすぐ出てこないし、ひらがなで書くと後で読むときの視認性が低い。

つまり、アナログノートやメモで書くのが好きな人は、図形を多用する人か、文字にそれほどコンプレックスが無い人、書くことに抵抗や負荷を感じない人である場合が多いのだ。

まあ、図形は手書きで描くから良いとして、それと文字を合わせたい場合に苦労するだろう。そういう時は写真に撮って、ドキュメントに貼り付けて、で、解説していくというのがあるが、図の中に文字が必要な場合は、泣く泣く手書きの汚い文字で記入する必要がある。片手で図を自由にレイアウトして、メモも簡単に取れる、そういうアプリがあれば買っても良いと思っている。自分で作ろうにも、もうiPhoneのコードいじるの怖い。すぐに仕様を総取っ替えしてくるので、バージョンが上がるだけで、一瞬にしてゴミにされるし。

まあその点、どんなに時代が変わろうとも、手書きで書けることなんてそう変わらないだろうから、最後に残るのはアナログノートに残った言説や図みたいなものだろう。

5/23/2016 12:36:00 PM