ホームページをそれ自体で作品的にする

ホームページは、データベース的な使いかたも良いが、作品として作り上げるというのでも良い。

昔の平沢進のホームページとかそんな感じだった。そこに行くとすでに作品として機能しているという感じ。しかし、皆アクセスが欲しいからだんだんとその道を辞めていった。

一番人が呼べるのは日記系のサイトで、毎日更新され、行けばご機嫌な内容の文章が踊っている、そういう感じのサイトに皆惹きつけられる。確かにホームページそのものが作品とか言われても、何回も行くことは無いだろう。音楽じゃないのだ。何回も楽しむものではない。

何度も来てくれる作品というのは、日記やら言説の垂れ流しサイトであろう。そのオッサンの独自の視点に皆、萌え萌えするのだ。

今回は何を言ってくれるのか、そういうのを楽しみに固定客が生まれる。ブログはそれに特化した媒体ではある。しかし、珠玉の一品というものをつかむのには向いていない。

固定され、変更しにくいからこそ意味のあるものというのがあるのだ。書籍がそれ自体で魅力的なのも、簡単には変更できない、という硬さにまつわるものである場合が多い。ブログはツイッターほど一口おかず感、使い捨て感は少ないが、可変的でログがどんどん流されてしまう印象。

ツイッターは洗面台、ブログは台所、ホームページは本棚みたいな感覚がある。よくわからないが。本棚は本の量が多ければそれなりに人も来るが、一度読み終えたらもう誰にも見向きもされなくなる。

5/20/2016 11:50:00 PM