何も考えずに巨人の肩に乗れば良い

人生の時間は限られている、この実感は、二十代後半あたりから切実さを増していき、あっという間の三十代を終えたところでもうあとちょっとで人生終わりだと、完全に悟るだろう。

この時間を最高に有意義に過ごそうと思うなら、遠慮なく巨人の肩に乗るしかない。つまり、何も考えないで、ただ乗っかって目的地を目指すのだ。

これは、思考せずに、意思だけを持って、すでに出ている似たような答えを見て、その答えを適用する、と言い換えることも可能だ。自分で考えるべきことというのは限られていて、全力を払うべきは他人の考えたことや、知識の集積をどうやって自分で考えたオリジナルのように見せかけるかということだ。自分で一から考えるには人生はあまりにも短い。他人が見つけ出してくれた宝をどうやったら自分なりに使えるようにできるかを考えるのだ。

パクリと話題になるようなヤツは、答えを写しているというのはもちろんだが、それを隠すことにすら力を入れてないから問題になっているのだ。だから単なるパクリではダメで、それをどうやったら隠せるかを知る必要がある。別ものと認識させるというのが良いが、何にしても盗む自覚を持って、それをどうやったら別物と認識させることが可能か、それを考える労力を惜しまないというのが重要なのだ。

考え抜いて何かオリジナルの発見をするなんてことは、まず普通の人間には不可能に近いし、相当な執念と執着と、運の良さと知能の高さが必要になる。しかし、誰かが見つけ出した発見や発明を利用することは凡人でも可能で、組み合わせを変えて、自分なりにつくり出したオリジナルのように見せかけることも可能である。もちろんライセンス代金が必要であれば支払う必要があるが、使って良いものを使わないとなると、誰も使いたがらないクソを多大な労力を払って作り出すだけになる。

自分でできることは短い時間では限られている。無限に命があるなら良いだろうが、そんなわけはないし。偶然この瞬間に生まれて、今あるものでしかどうしようもないのであれば、誰も考えられなかった組み合わせで自分のオリジナルを作り出すしかない。

どこかの研究者が考え出したことを皆で利用できるように嚙み砕くという人間も必要だし、むしろそうしないと、無闇に専門的で何が何だかわからない研究がひたすら続くだけになってしまう。

それを一般化することも相当に難しいことであるが、それでも自分で一から考えるのに人生をかけず、他人のふんどしでやりきるというのは重要だったりもする。考えてたら間に合わないから、考えずに答えをそれとわからないように借りてくるのだ。

5/16/2016 04:50:00 AM