簡単手軽だから良いというわけでは無い

自分でシステムを構築する場合、簡単手軽だから良いというわけでは無い。そこに思想や、美学みたいなものが無いとやる意味が見出せないのだ。

これが自分の求めるもの、そう言えるものがあればそこを徹底的に掘り下げていくべきだ。簡単とか、そういうことはその時にはどうでも良い。

とにかく自分が求めるものが効率化のシステムとかであれば、その効率化のシステムを作るのがどんなに困難であっても楽しく作成作業に取り組むことができるが、簡単に効率化のシステムが作れる、とか言われても楽しく無い。

楽しさはどんな時間術にも増して素晴らしい時間管理術を提供してくれる。ケジメという概念を悪とする素晴らしい状態だ。ケジメをつけないといけないのはやらされること、強いられること、そういうやりたく無いことに対しての我慢の状態だ。それを我慢してるから偉いとかありえない。そいつはきっと生産性は最低だし、最悪まともな精神では無いかもしれない。病院送りになる可能性もあるだろう。

我慢しないといけないことは、さっさと終わらせるということに対して、時間管理と言っているのだろう。まあ生産性というレベルでは無い。得意な人を見つけてやってもらうのが一番良い。レスポンス、クオリティ、全てにおいて、得意、好きな人を上手く使うことで有利になる。

それを我慢してやってれば偉いとか、上り調子の大して難しくない足し算の世界なら上手くいっていた。今は世界は掛け算で動いている。〇.五を足すだけで生産性が確保できた安易な高度成長の時代ならアホでもそれなりに仕事になったかも知れないが、今は掛け算だから、〇.五掛けたら半分になってしまう。

エクセルのSUM関数を使わずに、表として作るために利用するだけで、合計を電卓で出すアホがいるらしいが、これが掛け算で〇.五を掛けるということである。

我慢しない、簡単に終わらせるということは、我慢が前提となっている。我慢がどこかに挟まるものは無理しないと続けられないので、無理が嫌になったら終わる。だから簡単だから良いとかそういうのは無いと思った方が良い。簡単だから楽しいのでは無く、楽しいから簡単に思える、というかそんなことを感じないから、簡単とか意識しないので、やってる方はもう終わったのか、と拍子抜けする感覚だ。つまり、楽しいから簡単な気がするだけで、簡単ならば楽しいわけでは無い。楽しいことならば、そこに挟まる面倒を避ける気も無くなる。本末顛倒しないことだ。

5/19/2016 09:59:00 PM