自分がYouTubeで売れるネタを探す

無い。カラオケ歌って載せても良いが、キモい発生のオッサン声聴かせて喜ぶ趣味は無いし、人がそれを聴いてくれるだけで申し訳ないし、感想を言ってくれるのも申し訳ない。面倒臭いし。

しかも人の歌をうまく歌うのにそれほど喜びが無い。声質が似ている人の方がテクニック無く上手く聴こえるので、攻めたくない。適当な歌を自分で作って歌うというのも無い。作りたいと思わない。しかし、そういうゴミみたいなコンテンツでも自分で作る方が楽しいとは思う。

前に、アウトドア用のガスコンロ使ってひたすら料理作っていた人がいたが、ああいうのは良いと思う。やるならそういう焚き火とか、バーベキューとか、顔出さなくてもそれなりに出来上がるもの、最初があり、終わりがある、目指すものができたかどうか……みたいな、そういうので良い。

できるかどうかが一つの謎となるし、できたらできたでどうやったのか、経緯が重要になるし、楽しめる。それにできなかったらなぜできなかったのか、それに興味が出る人もいるだろう。

コンテンツとは、どんなにくだらないものでも謎が最初にあるものである。興味がないのにやらなくてはならないものではない。やりたくなる、興味がわくように謎が配置されるという事が重要なのだ。

だから、違法コピーの人はその謎を人のフンドシで何とかしようとして違法になっているのであって、謎そのものは作っていない。そいつが捕まるかどうかは謎として楽しめるが。

だから、ゲームプレイも内容よりも、プレイが自分のようなモノグサにもできそうかどうか、という部分の謎を提供して、それを解くという事をメインにしているから見れるのだろう。

情報というものは、基本この謎を解くために用意されているのだ。収集する意識の高い感じのアホがたまにいるが、大きな間違いで、収集では無く、適宜、必要に応じて採取するものである。だから、最初にこれどうなるでしょう、みたいな謎を作ってそれが解けるのかどうか、どうやれば良いのか、どうやったのか、成功か、失敗か、そういうのを提供する事が、コンテンツを作成する側としては重要なのだ。

これが文章だと読む人が少ないが、映像であれば人も多いだろう。文章、ゲーム、イラスト、漫画、映像の順に再生してくれる人が多くなる。回線の速度も今や問題無くなっている。だから誰でも自分でメディアを作れる、作れるがやっぱり昔から作ってる人は作るだけで、少数のことだ。ゲームなんて作る人間は限られている。個人が作るものの中で最悪のコストがかかるものだ。

裸のデブがプリンを作って食う程度で良いので、できるかな、できないかな、みたいな謎は欲しいものである。

5/27/2016 05:53:00 PM