作品を作り出す方法

作品は作った品というだけなので、取り敢えず作れば良いということであるが、世に言われる絶対的な品質ラインというのが存在していて、それに満たないものを作品というのは憚かられる気がする。

しかし、そういうのを気にしないで、作れば良いのだ。多くの人から反応がもらいたいのであれば「それぞれの価値観だろ」というものを提示して、あたかも自分が否定された、肯定されたという幻想を抱かせてやることだ。

とはいえ、まずは作らないと何も始まらない。自己啓発系(笑)の言説でよくある「やらないとやる気が出ない」というやつではあるが、「やる」のは品質とか無視して、とにかくやるだけで良いのだ。億劫になっているのは、やり始めたら品質を強制される経験が原因になっているから、その認識を改めて、やり始めるのはゴミ作り、適当、できるだけ簡単を目指す、どこまで脱力してやれるか……みたいなことからやり始めれば良い。対価が無いとできない、だるい、というのは完全に品質にとらわれた状態で、それをどうやって無視するかが一番の挑戦である。

品質を気にしないという領域にいくだけで、目の前に広大な地平が広がる。

品質を気にして良いのは最終的なところだけだ。そうじゃなければ最初に何も作れない。強制された品質の悪夢から逃げること、それをまず最初に目指すべきだ。勝手な思い込み、作らされる、強制された、そういう幻想を捨てる方法を見つけるのが、作品を作る方法なのだ。

「やればやる気になるとか無理だろ、まずはやり始めるのが不可能だ」という人は、「やる」という定義を重くし過ぎている。取り敢えず関係無いことで良いのだ。いきなりやらなくてはならないことというのをやり始めると、すぐにできなくなる。やりたくなる感じで終わっているなら別にやれば良いだろうが、やりたくも無いことをやるという設定は頭が悪すぎる。強制するな。他人の強制もいらない。締め切りがあるならそれを守ることができるかできないかだけだ。間の行程は誰も問わない。他者と関係する仕事ならアピールも必要かもしれないが、個人的な創作であれば関係無いことからやり始めて、やる気を探るのだ。ゴミでも良い。やらないよりはマシだ。

自分が何をしようとも宝くじが当たる確率は泣けるくらい低い。しかし、やらなければ絶対当たらない。でもやれない、だったらやれることだけをやれば良い。それが宝くじを買う行為じゃなかったとしても、いつか宝くじを買う場所に行こうと思う日が来るかもしれない。しかし、止まってしまったらもう二度とその場所に行くことはなくなってしまう。

だからちょっとでも、ごみでも、なんでも良いからまずはやる、やるために障害になる強迫観念は捨てて、どこまで脱力できるかやってみるのだ。

6/01/2016 09:20:00 AM