なんでも良いからとにかくやってみる

何も思いつかない時というのがあるが、別に本当に何も考えていないわけではなく、その時に言えることが何も無いというだけで、取り敢えず思ったことを書くというのであればいくらでも出てくる。そんなに人の脳というのはヤワでは無い。

例えば今日朝見た夢は久しぶりにとんでもない感情の揺さぶりをかけてくれた。うだつの上がらないおっさんが、訪ねてきたヤンキー上がりの若者に誘われるがまま、その友人の集まりに行き、何やら様子がおかしいので隠れていると、若者が突然逃げ出した。

おっさんも逃げ出した。途中で暴力団のような奴らが若者達になにかしら青色の電流のようなものを頭部に流しているのを目撃した。そして家に帰ってゆっくりしてるとすりガラスから透けて見える若者。中を覗いている。目が赤黒く、完全に逝ってる。外に出ると何をされるかわからないのでおっさんは家の中で震えている。そこからは、外出しては若者から逃げたり、その途中で多くの人と出会ったりを繰り返す、そして若者を救う方法を探るという内容。

中々画的にも面白い内容で、ずっと見ていたかったが、夢はやはり夢なので、自分の意思とは反して勝手に関係ない話が始まってしまう。

昔も大勢が集まって広大なグランドの場所で雨上がり、曇り空の中でグライダーを飛ばすという夢を見たが、シュールで目的も意味も不明なのでイメージの世界でしかない。確かにどこかに自分の記憶が改変されて脳を滑り落ちる瞬間に見せるイメージの連続と想像と、関連性と、発想の総体である。とても自分の顕在意識ではコントロール不可能な演出の連続である。これを現実世界に引き出し、かつ、人と共感する、させることができるならシュールレアリズムの天才となれるだろう。

だから、何も出ない状態というのは何も出せないという思い込みの作り出した幻想世界の話でしかない。自分の脳はどうでも良い内容を適当に組み合わせてとんでもないイメージを作り出すことができるのだ。それが単なるイメージの連続であっても、自分一人に納得可能なものであるので、それをそのままなんでも良いからやってみれば良いのだ。

自分が思った、つまり無意識にアクセスすれば顕在意識が思いつく発想のはるか先を行くイメージの世界を作り出すことが簡単にできるだろう。それが通じるかどうか、そんなことはどうでも良い。

ではどうやれば無意識にアクセスすることが可能になるのだろうか。それには顕在意識を捨てて、なんとなく、ぼんやり、適当に、そういう感覚を押し出して、イメージが湧き上がるのに任せて、御筆先である。

思いついた世界がどんどん広がる。現実の中でいくらでもイメージは受け取れる。しかし、それをそのまま書き出すのでは限界が早い。だから、無意識に組み合わさったイメージを利用するのだ。

6/01/2016 09:48:00 AM