だからiPhoneをデカくした時点で終わったと何度言えばわかるのか

iPhone6ですらなく、iPhone5の時点で終わっていた。アイコンの数とピクセル数がそれ以外ないとさえ言われた960x640という比率をぶっ壊して長くした時点で、Appleの死は決定していた。あの時点で「これが最後のまだマシだったApple製品となるだろうな」という予感は外れなかった。自分の見る目の良さが裏目にでた。

結局、ようやく最近になって一般的にも終わったと言われ始めているが、気づくの遅すぎだろう。「自分は違う事ができる」という政治のうまさしか取り柄のないアホのドヤリング感の臭いは一瞬で見抜ける。よほど知能が低く無ければだが。六年近くかけてようやく気づかれてきた。一般に浸透してきた。

ウォズニアックはジョブズが死んだ後のプレゼンで一瞬で見抜いたようだが、製品を作る天才と、政治の天才は全く関係ない。Appleが唯一無二になったのはジョブズがいたからだ。もちろん天才的な頭脳と技術がある会社だろうが、そこに皆をちゃんと導ける指導者が存在しなければ、ゴミしか生み出されない。MSと同じ、何のセンスも感じられない企業に成り果てた。栄枯盛衰。

惜しむらくはジョブズ自信が引導を渡せなかったということだ。ジョブズじゃなくなったからゴミになったということ。死ぬには早すぎだ。あと少しで人類が誰も到達できなかった領域に到達しようとしていた。電球の発明くらいのところまでは来ていたのだ。

まあ今更どんなに頑張ってもクソ製品しか生み出されないし、諦めるしかないだろう。いくらクソ製品を作っても、ジョブズも墓から蘇ったりはしない。全ては終わったのだ。

6/16/2016 11:19:00 PM