ブログ更新、2ちゃん、プライムビデオ、3DSでゲーム、PHPでプログラム

表題が今、空き時間にやっていること。ブログ更新とプログラム以外は何の生産活動もしていないが、自分なりの工夫や取材をやるつもりで色々やっている。

毎日、違うことや何かしら一個だけ達成するというのを目標に動いている感じだ。だからと言って、急に何かが驚くできるようになるわけでもない。やはり何かを目指して何度も繰り返さないと上手くなってはいかない。

やっていることそのものが楽しいというじょうたいが最も続けることができる状態であることは間違いないが、だからと言って上達とそれはノットイコールである。

楽しみのために何かをやるならそれで良いのではないかと思う。別に誰かにお金をもらっているわけでも無いし、雇われてやっているわけでも無い。商業的な戦略からも一応自由だし、囚われてもいないと思っている。

自分の感覚を少しでも活用できれば良いなと思ってやっている。そういう状態があっても良いだろう。

思いついたことはその場に留まらず、すぐに消えていく。ひらめきはすぐに消えるからこそ、考えもしない、そもそも考えたことも、考えられるようなものでも無いということだ。

2ちゃんを見ていても、これは長文で何か言いたいと思った瞬間、ブログにそれを書き留めるようにしている。一言で済むなら一言でなるべく書き出して、反応を楽しむが、基本は長文のネタを探している感じである。

これをやっているから何かになるか、というと、特に何もならない。

単に書き出す楽しみ、自分の本来存在しなかった記憶や意見や発言みたいなものがそのままサーバーにアップされるというシステムに突っ込めるというのが楽しいのだ。

これをもっと便利にと、どんどん進化させて、自分のシステムを作ることは遊びではある。しかし、遊びだからと言って馬鹿にはできない。遊びこそが全ての知的創造の要になっているものである。

自分の脳はかなり左脳バランスが強いので、最近は右脳を刺激する柔らかいものを心して取り入れようと考えている。とっかかりとしてはエッセイとか、写真とか、絵とか、構造で解析しづらい、直感の沃野で読み取るタイプの作品。それを好きな理由が人によって違うものが良い。人それぞれで片付くような、感覚的なことを計画的に自分の中に「通して」いるような感覚だ。

その感覚的なことを左脳の解析装置で周りに伝えられるかもしれない。だが、効果を狙ってそういうことをやっているわけでも無い。単なる知識欲と、入ってくる知識の味を変えたいという感じでやっているだけだ。

何かの役に立てようという邪な知識はすぐにゴミになる。それよりも絶対使わないだろコレ、と馬鹿にされそうな知識ほど面白い。情報過多と言われるが、必要な情報はそれほど無い。つまらない、つまり役に立つと言われる情報でお腹いっぱいになるのは考えものだが、使えない、役に立たない、すこぶる楽しい情報でお腹いっぱいになるのは良いと思う。使えないのに、役に立たないのに、その情報が人から伝えられるということは、面白いから以外の何物でもない。

あえて言うなら、そういう無駄な知識がアイデア創出に「役立つ」とは言えそうだが、それを目的に集めると途端に楽しくなくなるから、純粋に楽しむためだけに知識を入れるのが良いだろう。

7/15/2016 09:19:00 AM