手軽さなきゲームは衰退する

ゲームを時間を割いてわざわざやる事は少なくなっている。ちょっとでも面倒だと思うとやりたくなくなる。

世の中ではポケモンが流行っているが、ちょっとやってみて、立ち上げっぱなしで歩く必要があることがわかって一気にやる気がなくなった。完全にやめるのも時間の問題だ。

放置してても良いという仕様にしてもらわないとやれる気がしない。攻略したいと思えない。

しかし放置していれば良いゲームが面白いかどうかというとそういうわけでもない。勇者を放置してダンジョンクリアのゲームも途中で飽きたし、スキタイも時間制限イベントが出た瞬間、一気にやる気がなくなった。思った時に思いのままやれるゲーム以外続けられない。

いまだ続いているのは唯一、クラッシュオブクランくらいだ。やることは簡単で奥深く、明確な答えがないのが良い。答えがあるものに燃えないというのが最近わかってきた。

やりようは多種多様なのが良い。答えを示そうとするタイプのことを生理的に嫌悪する。なぜかは知らないがそういう感覚がある。答えが示せない、示しようもない、そういうゲームが良い。しかもやることがシンプルというもの。

場合によっての答えはあるが、それは人によって違う、そういう広さが必要だ。むしろそういうゲームであれば続けられる。

クラッシュオブクランが他のゲームと違うのは、やらなくて良いということと、やったら無限にやる必要があるということ。終わりがない。一応の終わりすらない、一位を何年もキープしても記録であって終わりではない。

あと、課金すれば強いというのは無い。課金しても戦略がヘボイと無課金にやられる感じが良い。日本のゲームデザインはゆとりデザインで、一部の変態が無双を楽しむ地獄のような場所だ。レイヤーによって楽しみ方が変わるような懐の深さが全く無い。ゲームとは広義において競い合いなので、ルールは必要だが、だからといってトゥードゥーが決まってるのが嫌だ。

手軽に、無限の可能性を楽しめるもの、プレイ時間は五分程度、それくらいが継続して楽しめるものである。立ち上げてちょこっとやって予想外の事態を楽しむというのが一番楽しめる。

最近はだから2ちゃんで、人工知能より少しマシなボット人間達と厨バトルを楽しんでいる。厨バトルも限界は近いので、やはりデザインを完璧にすべきだ。ユーザージェエレイティッドコンテンツと言われるサービスにすべきだ。なんでも良いよとすると逆に2ちゃんみたいに偏りがひどくなり、単純化するので、それなりにルールに縛られる中での戦いのようなものを演出するべきだ。

サーバーが必要なものも良いが、攻守という基本を自分でコントロールすることができればその中での工夫となるから、そういうデザインを考えるべきだ。ジレンマに身悶えるのが良い。ジレンマに燃やされたく無いゆとりユーザーは課金を選ぶ、そういうデザインだ。手軽にそのUGC的なものが作れないと一瞬で潰える。

成長と実感などがすぐにわかる、他の人を参考にできる、より良い、自分なりの答えを見つけられる、そういうものじゃ無いとやる気にならない。

7/27/2016 09:29:00 AM