パソコンが使えずスマホしか使えないのは進化ではなくて退化

いうまでもなく、当たり前の話なのだが、煽り記事で勘違いさせようというか、目立ったり対立構造を作りたがっているようなので、波乗り的に言説を楽しんでみようと思う。

まず、パソコンはできることが多い。スマホはできることが少ない代わりにポケットに入れて持ち歩くことができる。持ち運びのために機能を最小限にしたと言えるし、機能を犠牲にして持ち運べるようにしたとも言える。

パソコンでスマホを設計して、ソフトを開発するが、スマホでパソコン開発は難しい。できなくはないが、高速なコンパイルなどが不可能なので、パワーが少ない。綺麗なグラフィックが出せないとかあるが、それはどうでもいい。演算性能が低いのが問題だ。

ビューアとして持ち運びでき、ある程度高速であるというのはなかなか優秀であるとは思うが、パソコンと比較したら月とスッポンである。

ポケットコンピュータであり、便利ではあるがパソコンで全てのお膳立てが済んだ上でようやく使いみちがあるようなとりあえずのデバイスである。それをいくら使いこなせるといっても、まさに筋斗雲で釈迦の手から飛び出せなかったイキッた孫悟空と同等である。

パソコンが使えないのは使う必要がないからだろう。知能が極端に下がったわけでもなさそうだし。つまり、使う必要さえあれば誰でも使えるようになるものだ。英語と一緒。

スマホだけで日常使用に問題がない人は、パソコンを実用で使うことがないので、パソコンでできるプログラムなどを面白いと思わなければ、スマホで十分となる。スマホでお膳立てされたことで楽しむだけで日が暮れるのだ。仕事でパソコンを使っている人も家でまでパソコンに触る必要がないから、パソコンを使う人というのは限られてくる。

日本人が西洋文明を受け入れた頃、まだ人力に頼って、筋骨隆々の人が俵を担いで歩いていた。体の使い方が今とはまるで違っていたのだ。それが機械化によってどんどん軟弱になった。人は道具を手に入れた瞬間、それまでできていた優れた能力を同時に捨て去る生き物なのだ。暗黒の洞窟に住む魚が目を無くすように……これは進化とは言わず、退化という。元の状態に戻すには「必要」にならないといけない。必要が無ければ退化しか待っていない。

海外から労働力を購入している日本政府は、国内でそういう労働力を手にしたいと考えるようになった。無理して底辺を中流に持って行くよりも、底辺は底辺として活躍してもらえる一億総火の玉計画を立てている。知能が低いほど、誰もやりたがらない仕事につくしかなくなり、しかもそういう仕事を安価で任せられる。スマホで十分という層はまさにそういう底辺にうってつけの重要な奴隷労働力として今後日本の底を支えるのだ。

英語が一割の人にしか必要ないように、パソコンも一割の人にしか需要がない世界はそろそろやってくるだろう。とても楽しみである。

8/17/2016 09:12:00 AM