何もない場所に行くことで自分のミニマルレベルを試す

最低限必要なもの、というのが日常の中では忘れてしまう。それは便利だからとあえて使う必要もないようなものをわざわざ使っていて、それに気づかない時などだ。

そういう使わなくてもいいものを明確にするのに、旅行を利用するという方法がある。掃除だけではわからなかったものがそのタイミングでわかるかも知れない。

旅行に行くと持ち運べるものが最小限になってしまう。だからこそ、厳選する必要がある。ミニマルというのはカッコよさや、統一感といった以前に、この厳選が存在していて、その理由は、物をできる限り少なく、管理から逃れながら、かつ、便利に快適に過ごせる最小単位を探っていく試みであるからだ。

単に物が少なければそれでいいという馬鹿の一つ覚えではないし、ましてや物を捨てられるだけ捨てて、あとは何もない部屋でスマホを擦るという思考停止を目指すべきものでもない。単純なのだが、安易に極端に走りやすい定義のため、頭がおかしいような人と親和性が高く、空っぽの部屋で自己満足するという酷い状態を見せびらかすことになりがちだが、結局重要なのは物はできるだけ少なく、煩わしい作業や労力も最小限に、余計なことにとらわれず、自分の目的に集中した行動をするためにミニマルな状態になるのだ。

いわばミニマルというのは、管理法の一種であり、集中力を高めるための技法に過ぎない。考え方の一種なので、それのみにこだわって完璧にやっても、目的がなければ、本末顛倒にしかなり得ない。だから何か目的を果たすために、それ以外のことを捨てて、集中力を高めるための技術として使う考え方なのだ。

さて、嫌でも物を厳選する必要がある田舎への旅行は、どうすれば快適になるかというのを端的に表現することができる。絶対に忘れてはいけないもの、妙なこだわりを持つと煩雑になってしまうもの。こだわりを捨てて自然に身を任せた方が楽にいくこと、気張らない方がいいこと、こだわった方が無駄がなくなるもの、自分の持ち物を最低限にして管理を容易にしないと忘れ物したり盗難の危険性も高くなってくる。常に身につけないといけない、ロッカーを利用する必要がある、そういうものを明確にしておかないと、思いつきだと色々困ったことが起こる。行動を制限することになったりするのだ。

財布を見てないといけないから川で泳げないとか、コインロッカーがあるところも目的地が遠すぎて自分だけは取りに帰る、友達はみんな遊んでいる、みたいなものだ。

そうならないためにも、必要なものを最低限の努力と量でなんとかできるかという挑戦をやってみるのだ。そういう機会はなかなか一人だと難しいが。

8/23/2016 01:08:00 AM