情報発信こそが最大の情報受信

ただし開かれた空間において、コミュニケーションを積極的かつ、主としてやろうと考えている場合に限る。

人力の有機的な情報が手に入る。躓く場所というのは個人的な見解や意見を相手に噛み砕いてもらって初めてわかることである。だから検索エンジンを一生懸命探しても出てこない検索ワードが、視点を変えた他の人からは一発で見つかることがある。

自分が苦手としていることや、思考の癖が自分では理解できないので、他の人が魔法のように見つけてくれたりすることが助けになったりする。

そういうコンピュータではどうしようもないことを何とか人との対話でするためには、まずはこちら側が情報を発信する必要がある。しかし、それもコミュニケーションが得意だったり、すきな人じゃないとどうしようもない。一人でいた方が心が穏やかで、好きにやれる、その方が良いという人もいる。

このブログはコミュニケーションを主としたものではなく、基本は自分の読み直しのためである。

自分が何を考えたか、それをある程度まとまった文章でダラダラ書くことで、その場ではストレス発散だが、後々読み直して思考の流れを変えたり、やっぱり変わってないと再認識したり、そういう繰り返しを行うためのものとして作った。

もし訪れてくれた人に役立つなら嬉しいが、そのために書くことはない。だからSEOなどはほぼ考えない。ほぼ考えないのは検索のためである。もしかしたら、雑な検索ではなく、キーワードと結びつけるような、カテゴリ検索に近いことをやった方がこのブログでは効果的かもしれないが、辞書を作っているわけではないので、簡単な検索ができれば良いと思っている。まあ使ったことはないので、システムを使って遊んでいるという、お察しの通りではあるが。

一番の目的は自分の考えをぶちまけ、有る事無い事書くことで、一縷の望みを見つけ出す、一人ブレストに近いもの、それをダーっと書き出して後で読むかもね、くらいの感じだ。だからほとんど他の人には役に立たないだろう。自分のためにも役立つかどうかわからないんだから当たり前だ。つながりやひらめきが出れば良いが、なければそのまま消えるだけの思考、つまり下手の考えを書き出している。

時間の無駄かもしれないが、まあ楽しめるうちは無理せずこういうことを繰り返しても良いかもしれないと思っている。

だから、書き出せばイコールで情報が手に入るわけではなく、自分勝手な書き出しは独り言と変わらず、何の発展性も見込めない。単なる自己満足かストレス発散、憂さ晴らしでしかないということで。

8/29/2016 07:59:00 PM