書籍を書き上げる方法

何度か最後まで書き上げると幾つか不満点が出てくるのがわかる。

自分で役立てるのが難しい。これが致命的である。自分で役立たないから、人にとって意味あるのか自信が持てない。少なくとも自分がなんども参照するというのが出来れば良いのだが、自分の考えのまとめの場合が多いので、他人の考えた内容をまとめるようなものじゃないと、後から参照すべきものである実感や意味があまりない。自分で考えたことは、それはそれで重要ではあるが、自分の感覚に完璧にあっているので、正確な思いだしが必要ではないのだ。完璧に情報として必要な電話番号的な情報ならば意味があるのだが、そういうのは、メモとして手元に置いておくもので、公表するようなものではないので難しい。

理想的な書籍とは。理想とする書籍がどこかにあるのか、と言われるとすぐに思い浮かぶのがゲームの攻略本や、プログラムの本、料理の本だったりする。つまり、後から再現可能な内容であることが重要で、しかも正確に再現しなければ使い物にならない、覚えておけるほどの簡単な内容ではない……こういうのが混ざって、ようやく意味がある、理想の書籍となると思っている。

やり遂げた感がない。他人のコピペにしても、自分の思いつきにしてもやり遂げた感が全くない。どれだけ長文で書いても「決まった」感が全くない。終わりっぽい感じにしてみても満足感がないのだ。内容的にも散漫な感覚に陥る。別に時間をおいてみると変化するのかもしれないが、すぐに読み直しても全く何もないのだ。文章を後からおいたししたりはあるのだが、だからと言って骨格の部分が緩いというか、決まってないのでイマイチなのだ。神はもしかしたら細部に宿るのかもしれないが、骨格がしっかりしてなければ細部がしょぼくなって、神どころの話ではないということだ。

書籍化の意味があるのか。書いている最中に、本当にこれを書籍にする意味があるのか、ということに頭が動くことが多い。書籍、とは言っても電子書籍であるが、ウェブではなぜダメなのかということに頭がいってしまう。ウェブなら少なくとも自分で読み直すことが多いので、書籍よりも読み直しのハードルが低い感じがある。書籍のまとまった状態の何が嬉しいのか、ということである。

他人の著書と比較してしまう。自分の本が書きあがったとして、他の人の書籍と比べてしまう。他の人の書籍はそれはそれはうまくまとまっているように見えるし、よく考えられていると感心する。編集者が付いている内容ならもちろんだが、それ以上に百円程度で販売している素人の書籍ですらうまいと感心してしまうのだ。そもそも内容が全く違うし、構造自体は重要でなく、それほど問題にならない内容なので、他人と比べても何も参考にできないので全くの杞憂なのだが、頭から離れないのでしょうがない。

8/08/2016 07:35:00 PM