Googleだけが「一つ」を目指している

CES2006でラリーペイジは「以前CESに来たときに、いろいろなデバイスと出会った。でも、それらはみんな接続できない。ケーブルも共通化されていない。なぜ。家一軒にACアダプタが山のようにあるなんておかしいよ」と不満をぶつけた。そして「必要なのは山のようなたくさんのもの、ではなく、標準化されたみんなで使える『一つ』のもの。そしてその標準は特定の企業ではなく、みんなで作り上げること」と訴えた。また「インターネットがこんなに普及したのは標準をみんなで作り上げていったからさ」とも言っていた。

インターネットこそがコンピュータを有機的で完璧なものに変化させる革命であった。有機物が距離を越えて、場合によっては過去と現在を行き来しながら、繋がりあうというまるで魔法のような出来事が起こるようになったのだ。

この状態は、ある種の巨大な生命体のように蠢き、ゆっくりと動き、潮流を作り出し、それがそのようにしか変化しない流れの中で自浄作用をもたらし、淘汰され、やがて結実し、不要なものは潰えて、朽ち果て、消え去る。しかもそのスピードが全有機生命の人間の感覚速度によってべき乗的に増加して、速度を増していくのだ。やがて大いなる一つを目指して変化していくだろう。

一つといえど、互換性のない孤立したものが大量にあるような状態ではなく、個性として利害の絡まない生物多様性がそこで展開して、色鮮やかに煌めく世界であり、それらすべてに互換性の切っ先が存在して、代替可能、孤立による一極集中よりも、集まりによるロングテールが生み出される、数億の小人の中に一体だけの天をもつき破るような巨人がそびえ立つ複雑系の世界だ。

それはすでに宇宙として存在していたものが、有機体となって結実し、感覚を研ぎ澄ませ、思考するようになり、その思考を伝えるテクノロジーを手に入れたことで生み出された新しい宇宙であるということでもある。

何とか自分の会社の規格のアダプタを全員に使わせようとか、自分を標準化しようと考えるわけではなく、大勢の感覚に根ざした一つを目指して変化することが可能な世界に向かって、複雑な行程は簡略化されて自然とシンプルなものに変化して一つになるのだろう。

しかし、その世界は誰も気づかないがゆえ、望む人は少ない。唯一望むのが非常に強い力を持ったGoogleというのが素晴らしい。チープでシンプルで誰にでもという感覚で世界を変化させてくれるだろう。デバイスに関してのセンスはジョブズがいなくなったので望むべくもないが、残された発明品で何とか一つのシンプルな世界を目指して欲しい。

8/19/2016 12:45:00 PM