一々調べて書いてたら時間がかかり過ぎる

そういうのは気合いが入っている時でも結構きついのでブログでパン工場への出勤途中に書くべきものでは無いと思った。

そんなのは当たり前だ、ということも言えるかもしれないが、自分で書きながら「それどうなんだ」「本当に無いのか」などと気になり始めたら記述する気にならなくなってくる。それでGoogle先生との対話になって、様々な関連ページを閲覧し、頭でまとめて書き出す、ということを繰り返し始めるので時間がかかるのは当たり前なのだ。

そういうのはこのブログではやめておこう。そういうことでも無い。どうしても気になって、それで自分で調べたことをここに書き出すなら良いが、基本はアイデア出しに近いところなので、知識を体系化する場所では無い。体系化は書籍に任せる。いつ書き上げるかは全く不明で、すでに書き終えたものもあるがイマイチなので、少し時間をおいて書き直そうと思っている。

時間を空けてさらに書き出すということをやったほうが後々良いものになりそうな気がする。これは人にとって良いものであるというよりも、自分の満足感に関係することである。自分の満足感がなければ、ブログに書き出すのと何も変わらないのでどうでも良い。

ここに書き出すというのは排泄行為に近い。排泄行為ではあるが、それによって何かしらのメモが取れるということを考えると、中々捨てたものではない。形態としても日記のもっとパブリックなものであるということも言える。公的なものというのは、それだけで自分一人でごちゃごちゃやるものとは質が変わる。これは多分本能的なものなのだろう。しばらく飯を食ってないと空腹になるのと一緒で、公的な場所で文章を書くというのは本能に根ざした確実な欲求として社会生物には備わっているのかも知れない。

こういう自分の心の内をひたすらに書いていくというのはそれほど時間がかかるものではない。だからこのタイプの文章が人の興味を引くものになる人は、才能を持っていると言える。お金になるだろう。ガンダムの偽物みたいなアイコンのブロガーの人はその才能が極限化しているので羨ましい。まああんな身を削るような文章は書きたいとも思わない、もっと小手先で遊ぶ感じで個人的には良いと思っているが、もしこの記事を読んでくれた奇特な人で自分は心の内の吐露であれば無限に何も考えず出来ると思うのであればブログでもやってみると良い。きっと成功するはずだ。

人を煽り立てるような記事、対立を呼ぶような記事が人に注目されるのは知っている。コンプレックスを刺激するのも良いだろう。しかし、ここではそんなことはしない。なぜしないか、それは目的が人集めではないからだ。人が集まるなら嬉しいがそれが一番の目的ではない。一番は自分の思いつかなかった組み合わせ、感覚的なものが突如生み出されることを望んで文章を紡ぐことだ。答えなき場所に答えを見出せるように頭をひねって繋がらなかった、繋がるはずのない事象を繋ぎ、見たこともない景色を見るための文章執筆である。

変なこだわりをなくして、ひたすらにストイックかつシンプルに答えを生み出せれば良いなと考えている。答えが出なくても考える過程がこうして残るということが楽しい。公的と言っても、便所の落書きと呼ばれる2ちゃん以上にプライベートなことが書きやすい、チラシの裏なので楽しんで書ければ良い。

9/15/2016 09:31:00 AM