手ぶらで持ち歩ける道具

知能だ。アメリカではそれだけで収入が決まる重要な物として知られている。道具として使えるということは磨かないと錆び付くこともあるし、使うことを想定しておかなければ、いざという時取り出せない。応用が利く基本的なものをいつでもとり出せるように、まるで西部劇のガンマンの銃取り出しのように訓練しておく。

使わないと使えるようにはならない。当たり前だが、そういうことだ。日々トレーニングを欠かさず繰り返すことで、いつでも使えるように保つことができる。それに時間を当てるのではなく、むしろながらで常に動かすことを意識的に行っておく。

一度いざという時に使うことができたのなら、その感覚で取捨選択も可能になるのではないだろうか。あまり固定した使い方ではなく、使える部分を増やしていくような考え方でやるのが良いだろう。

理系の知識というのは、長期間、実際使えるものとして役に立つので、ぜひ覚えておきたい。電気系の製品を買うときに電気抵抗などの知識が重要になったりする。特に安く自分が思った通りのものを作ったり手に入れようと考えているなら、理系の知識は超重要だ。

どんな製品でも人が一から全てお膳立てて作ったものを探すよりは、必要な部分だけに機能を絞って手に入れたほうが良いだろう。しかしそんなものは存在しない。だったら自分で作るしかない、ということはそれなりの知識が必要になる。知識だけでもダメで、手先の器用さも同時に鍛えないといけない。人に作ってもらうとコストが跳ね上がるから、安さをクリアできなくなってしまう。

知識と能力の二つを合わせて、知能と言える。運動能力のほとんども、筋力をコントロールする脳の力であるというのは最近分かって来たそうだが、知能とは頭のシミュレーション能力を言うだけではなく、運動能力を含めた全てのことだ。

この運動能力も脳の能力である、というのを今まで近場の何人かに話したが、納得したのは本当に知能の高い人だけだったというのが面白い。脳は鍛えないと衰えるし、使い方を忘れる。道具はいつでも使えるように磨いておくものだ。

9/06/2016 09:05:00 AM