レールに乗るのをやめた人が追い出される

レールに乗るつまらない人生よりもそれを外れて生きることを選んだ元大学生が居候先で無礼過ぎて追い出されたそうだ。まあ、本当にレールから外れて生きる力がある人はわざわざレールに乗るとか乗らないなんて感覚で生きていないし、乗っているひとを馬鹿にもしない。実力が無い人間ほど相手を貶めて自分を優位に見せたがるということではあるので、実力がないのにポーズはうまいみたいなのが透けて見え、ひどい炎上を見せたようだが、正直どうなろうと知ったこっちゃないし、チンケ過ぎて真剣にそのことについて言及する気にもならない。

個人的に思うのはレールに乗れるなら乗りたいということである。ある時期にレール一本につき、少数の椅子しか用意されて無いから、人は色々な場所でレールを求めて徘徊する。そして乗れるレールに乗る。これはレールを作るのよりは危険性が少ない、レールが崖の上で無くなっていたとしても、レールに乗った、乗る努力をした、ということが重要なのであるから、崖から乗ってる列車が落ちるならそれも仕方ない。レールから落ちたのが自分の意思と関係無いなら、言い訳ができる。

目的は無い。レールに乗ることだけだ。それで良いし、自分で人が作ったレールを改変拡張するのは迷惑行為である。人のフンドシを借りて相撲を取るべきでは無い。レールに乗るのは、安心のためであって別に自己実現では無い。自己実現したければ自分でレールを作ってそこに大勢の人間を乗せる必要がある。その気概が無いならいくら偉そうな事を言って、レール上で自己実現とか言ってても、結局はマザコン少年と同じだろう。

レールに乗ることは安心のため以上に何も無い。安心が出来ないならレールに乗る必要は無いが、レールが作り出せないのであれば結局レールに怠惰で乗らないだけという話である。レールに乗って安心を手に入れる事ができるのは、カリキュラム通りの仕事、へつらい、薄給、やりがいのなさというものとトレードである。安心が一番の目的ならそれだ。

だからそれに合わない人はレールから外れるべきだ。どうせ同じ労力でレールが作れるという事が分かるならという事である。自分でレールを作って不安定でも自由な仕事、不要な頭は下げず、一発逆転、燃えるようなやりがいを求めるならレールを作るべきだ。逃げるためのものでは無く、高濃度のやる気と熱意が無いと居候先からもすぐに追い出されるカスになる。

10/05/2016 09:42:00 AM