書けなくなる病

参考: http://kaku-jyo.blogspot.jp/2009/05/001.html

やはり、傑作を書こうと考えると筆は止まる。だからどうでも良いものを書こうと考えて、どうでも良いものの中から芯の部分を探って、それで成立する面白いことをでっち上げていくというのが重要だ。その際、無理に面白いことではなく、なんとなくのぼんやりしたイメージで良い。別にツアーに参加するわけじゃないんだから、行き当たりばったりを楽しむのが重要である。

自分で目標を設定してうまいことやるというのもありだが、しかしそれは他人に対しての気遣いや、ドヤリングみたいな物がベースになっているので、やはり個人的なだらしない、それでもワクワクする、適当な感覚のものをベースに、苦しんで作り出しても誰も得しない。楽しんでいるなというのが伝わるのが重要なのだ。

批判に回る人間の気持ちは良く分かる。停滞と腐敗だ。自分が何かに関係しようと熱く燃えて動いている時は、批判してる場合じゃないので、妬みや僻みが多少あれど、それを前面に押し出すほどみっともないことはしたくないし、何よりそんなことしてる暇あるならちょっとでも前進できる関係ある行動をとりたいと考えることだ。だから、一番重要なのは批判してる暇人はただの臆病者かつ、目先の楽さに溺れて何も行動しないクズに近いということを認識すれば良いだろう。そんな奴が偉そうに客観的な意見を述べてきても、捨ておけば良いのだ。

すでに何か作品を書いたということは臆病者でもないし、批判食らわせて安心するようなクズではない。自分が何かを成し遂げたいと考えるなら、そのための目的に向けた行動をするしかないのだ。批判をいちいち間に受ける必要はない。確かに何もしないのに批判だけしてる奴はムカつくが、反発力という力を与えてくれているありがたい道端の石だと考えて糧にすれば良い。きっと真面目に目指す、それを目指して切磋琢磨する、そういう姿を批判してくる奴は実際の作り手には存在しない。嫉妬はあるかもしれないから、暇な奴は何かを言ってくるか黙りこむか、べた褒めするかなのでリトマス紙的に判別できる。冷静に落ち着いて「いいね」ができるようになりたいものだ。

行動して、それを渇望するならば人を批評したりする暇はないし、楽しくない。自分の目指す道を目指してとにかく関係ない行動をやめて、批判的になりたいならそれを行動に反映させて、なぜそうなったかを探るべきだ。

10/04/2016 09:16:00 AM