再現性のための最小限

昔からどこまでも最小限で表現可能な物に憧れに近い感覚があった。それは衝動に近い感覚で、javascriptを使わないサイトデザイン、テキストで良い、紙にペンで良い、などの機能する最小限を目指したくなる衝動だ。

例えば流体シミュレーション。最新の技術を使えば何とかなると言われるよりも、手描きで水が流れる様を描く方が安心感がある。そしてその安心感の根本にあるものは再現性であると気づく。

再現性の低い、または条件が厳しいものは基本的に凄いと思えず、まあハイ、程度の感動しかない一期一会的な感覚が大きい。必ず再現するという確度の高いものでないと安心も信用も無いのだ。

それはパソコンの能力を過信していないのが原因だろう。パソコンみたいな必ず同じ値を返すもの、シミュレーション、最新技術の方は安心というひともいそうだが、そのパソコンが動かなかったらどうするとか、データのフォーマット、対応ソフトのバージョンが上がったらどうするとか、色々考えると完全に虚の中の話になってしまう。

生物は必ず揺らぎがあるし、その揺らぎのいいタイミングを摘み取って凄いものを作ろうということである。焼き付けたものが認識可能な人によってまた「再生」される日まで保証されているのが嬉しい。

1/26/2017 09:14:00 AM