最小限の地平線

必要なものだけを最小限にするためには無駄を大量に知る必要がある。無駄を知ることは個人的な見解に左右されるため、最小限の定義は個人の中だけで存在し、他者からの承認は望めない。比べる必要もない。

自分が常に必要とするものだけに絞り込めるというのが重要で他人にあれが必要とか、これがなぜ無いのかなどと言われても知らない。男に女性用の用品諸々が必要無いのと一緒で、その人の最小限というものは各個人に存在している。

ここからはアプリケーションの話になる。アプリケーションも何でもできるのが良い訳ではなく、ある種の現実世界の拡張として使用できるのが望ましい。

基本はブラウズするデバイスで使用されることを想定して近年のアプリは作られた。個人的にはカメラ、文字通信、電話、ウェブ検索、メモ、チェックボックス、書籍ビューア(青空文庫、PDF、画像)、映像再生、音楽、地図、という感じが「使う」アプリである。あとはサービスに紐付く必要なアプリが色々という感じで、書籍ビューアを除く主たるアプリは基本機能に搭載されている。不便なので専用アプリを使っている。

これが携帯のアプリとして多いか少ないかというと、最大限に多いと思う。ビューア関係を全てをスマホに委ねる勢いである。自分で何か作りだすためのアプリはさすがに文字かカメラ関係しかないが、それで充分だ。それ以上の何かを求めてはいない。

ここから絞り込むとなると何かしらを諦める方向にしか話はいかない。諦める事のスッキリした感じを快く思わないわけではないが、それが一時の幻であるというのは知っている。

最小限の地平線はその方向には無い。ではどこにあるのだろうか。それは二つ以上のものが合わさって一つがバラバラだった、分けないと成立しないと思い込んでいた物が実は二つ合わさっても機能するし、もとより簡素で便利な何かしらを持っているという事が分かった時だ。無理な減量や下手な事をしなくても、実は力を抜くだけでスッキリ快適になる、そういう物が見つかった時、最小限の地平線が見え始める。そこから工夫の仕方が変わる。小さなパラダイムシフトのようなものが生み出されるのだ。最近では、再現する時に不利になる余計な装飾を破棄しても良いと気づいたタイミングでこのパラダイムシフトが起こった。

2/08/2017 09:10:00 AM