バッファゴミ箱戦法

整理整頓するときに捨てようか持っておこうか迷うものがあるが、そういうものはいきなり捨てたりせずにしばらく寝かせると良い。

寝かせるスペースが必要になるが、要らないものをずっと置きっぱなしで、スペースの無駄を把握せずにいる方が問題だ。だから捨てる予定スペース、つまりバッファゴミ箱を用意してその中に入れておく。もし必要になったら出してきて一軍におく。どうしてもその時だけ必要になりまたしばらく使わない、次に使うのは何年か後……みたいな感じだと保管するのもきついが、明確にしておけば優先的に破棄する対象にできる。優先度を明確にするためにバッファゴミ箱を使うのだ。

優先度を決めずにただひたすら捨てる、無作為に捨てるという事をやりつづけると、スッキリした気分は多少味わえるかもしれないが継続性は無いし、その場限りで元の状態に戻るのも時間の問題になるだろう。

計画的に捨てるデザインを必要とする。この時代は実際飽食で、物が溢れかえっている。「ものづくり」とか言って耳障りの良い感じで一時オッサンを喜ばすワードになったが、ものづくりするなら、無駄な物を捨てるというのがこれからはセットになるだろう。

物を使うというのはそれだけでコストがかかる。利用するための覚える事もあるがスペースと管理というものが一緒についてくるのだ。使い捨てという文化は許されない風潮があるが、それは大量の物を使い捨てる、ゴミが処理しきれないからだ。人類は元々使い捨ての文化で生きている。

狩猟生活が主だった時代、次の獲物を狩りに行くのに色々な物を抱えていくのは不利で、基本的な道具以外は作っては捨てる、無くなったらまた作る、という繰り返しだった。現在も狩猟生活が主な民族は白人に渡されたライターやナイフをその場に捨てていくらしい。便利になろうとも、最小限を貫くのだ。

物を溜めて悦に入る文化というのは人類百万年の道具歴史の中でここ数千年で始まったもので、文化で作られるまやかしである。

人類は生み出し、使い捨てるのが基本の生活を数十万年以上繰り返してきて、そこに最適になるようになっている。文化に誑かされて基本を見失うと神経症になる。断捨離とかミニマリズムの実践者という歪んだ恐怖症の人間が生まれる。我々は元々ミニマリストである。物が溢れかえって、意識的にミニマリストにならなけばならぬという狂った世界に生きているのだ。戦後すぐの貧乏人は物が無く、意識せずともミニマリズムの実践者になれたが、文化と社会がそれを恥として、最低限で生き抜く事を難しくしていった。

意識して物を持たない、不要なものを破棄していく、このハードルは現代社会では至難の技とされる。無意識のうちに物を大量に持たされるからだ。だからバッファゴミ箱を用意して使って無いもの、使う予定の無いものを突っ込み、しばらく放置するのだ。期間を決めて捨てるか売ればいい。その心がけがあるだけで、購入するときもいちいち捨てるときの事を考えて動くようになる。そして最終的に自分が必要としているものだけが残る事になるだろう。

2/09/2017 09:29:00 AM