仕事するならパソコンは必須スマホは消費者にしかなれない

参考: http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170311-00081406-playboyz-soci

スマホでも色々できるという話はわかるのだが、結局今後の進化を考えて、さらに作業に耐えられるようになっていくという話なら、それは結局パソコンと同じものである。

今現在スマホでまともに作成可能なのは文章くらいだろう。液晶タブレット並みの大きさがあれば絵も描けるし、強力なCPUがあればプログラムもできるだろうが、それはタブレットであり、パソコンだ。

持ち運べるサイズのものでなんとかするというのを無理に拡張し続けると結局中途半端に不便なものの出来上がりとなる。過ぎたるは及ばざるが如しとはまさにこのことだ。

普通に考えると、スマホは閲覧と簡単な文章作成用のデバイスとして日常の中で活躍し、パソコンは仕事の重い作業用に使われるものであろう。一覧性が低い持ち運びデバイスと、一覧性が高いが据え置きが必要なデバイスの二極化となっていくとは思う。だからパソコンはパソコンでしかできない作業をガッツリやるためにあるので、スマホがパソコンを目指して中途半端に大きくなったり、パソコンがスマホを目指して小さくなってもらうと逆に使いづらくなるので、ケジメをつけてしっかり線引きしてもらいたい。その方がお互いにとってメリットがある。

パソコンが使えないと言っている人は使う必要のない生活と仕事を選ぶのだろうし、使ったとしても結局はメールのやり取りやらドキュメントの作成程度。やったとしても表管理くらいか。そもそもそれ以上が必要な人種というのは限られているだろう。プログラマー、サウンドエンジニア、デザイナー、映像編集者くらいか。

パソコンが使えない人は確かに消費者にしかならないが、そもそも生産者になる必要があるのかどうかという話でもある。音楽を聴くだけは消費者、楽器で演奏ができないからダメという話と近い。どっちも必要だし、音楽は見事に二極化している。

携帯することで便利な物はその方向でガッツリ進めてもらって、据え置きでも良いものもその方向で極まっていけばどちらも幸せになれるはずだ。つまり結論としてはスマホしか使えないのも、パソコンを使って仕事するのも結構だが、デバイスのは用途が中途半端に擦り寄るのはダメということ。持ち運べたら嬉しいものはスマホで、持ち運ぶ必要がないものはガッツリパソコンで、という感じだ。

タブレットはスマホの延長のOSのせいで作業し辛く持ち運び難い閲覧性だけが高いデバイスなので論外だとしても、ノートパソコンも出先である程度の表管理、ドキュメント作成ができるという良さがあるが、持ち運べたら嬉しい機能をギリギリまで巨大化しているだけで持ち運ばないで済むならそのほうが良い。

今後はパソコンとスマホで二極化していくだろう。パソコンを使うという人でもほとんどの人がノートパソコンを使う程度で用が済むだろうが、だからと言ってデスクトップパソコンが要らなくなるわけではなく、乗用車とクレーン、ダンプ、シャベルカーのような働く車の比率程度でデスクトップパソコンは必要になる。

3/12/2017 02:17:00 AM