最初はローカルで常につながる必要はない

クラウドが流行って分散するのが当たり前になり、大容量のデータのやり取りのハードルがドンドンさがっている昨今、改めてローカルの機器でデータを作成して任意でクラウドにアップするというのが良いと考えている。

いちいちアップするのが面倒ということで勝手にアップしてくれるのが良いということになっているようだが、その自動化によって失われるものもある。自由度と安全性、つまるところネットワーク依存である。ネットワークがダウンしたらまともなデータが生成されなくなる。名前を変えて保存されたり、大して内容変わらないのに複数に分けられたり、場合によってはゴミにされることもあるだろう。

最初はローカルで作成し、しばらく更新しない場合はアップを任意でやる。その時にアップしたくなる仕組みが必要だ。便利さではなく気持ち悪さみたいなものを設計に組み込む必要がある。アップせざるを得ない、アップしないとゲージが赤くなる、ゴミがやたらに溜まるみたいな不快さキモさを作ると積極的にアップしたくなる。

人が不快さを感じるのはそういう仕組みを作っていた方が生命維持に有利であるからだ。ひたすらに快適に、便利さを目指すのも歪んだ設計であると気づいた。ストレスや嫌悪感や不快さは極度に高まると問題になるが、ほどほどであれば生存力を高める機能として役に立つものである。

4/11/2017 07:32:00 PM