小学生のプログラム学習は必要か

弊害しかないと思う。人間の思考や道理というものが学問として何百年も積み重ねられて、それを学習して人としての教養と言う名の質量ゼロの道具を手に入れどこに行っても死なない力を手に入れる、それも机上で安全に手に入れる……というのが学問である。その究極の結晶がパソコンである。最初の設計思想がまさに脳の拡張を行い、さらに知能の助けになるように、または足りない部分を補うためにあるものである。それが人類の積み上げてきた思考のコントロールを無視していきなり脳の補助物に頼ろうという話である。電卓を使ったらなぜダメか、計算に必要な脳がうまく動かなくなるからだ。ではプログラムを小さい時に学んだらなぜダメか、それは概念を持たずとも利用できる機能によってクロックの数分計算できてしまう。多重次元をループさせ表を作り出してもそれがなぜ必要なのか理解しないまま「たんにできるからやっただけ」となると何の意味もない。人類の培った教養無くして、なぜそれをしなければならないのかを教えられないのに、なぜ教養ないちびっこにそれを教えることができるだろう。数学と語学を一定水準以上に完成できるまで作ってからの話しだ。

人の細かい要求やコントロールや感触をデザインするのは人間、機械に理解可能な言葉に翻訳する仕事がプログラマーであるが、翻訳部分だけ学んでも無意味だ。欲求や感触を確実に共感して翻訳可能な技術を手に入れる事に意味がある。人対人のやりとり以上に求められるものは存在しない。人は大体こう考える、たまに変なのもいる、こう言うミスをする、でも信じることもできる……など。この塩梅を理解できるのは同じ次元に生きる人間以外にない。違う次元の言葉を操りクロック数の計算をぶん回してもそれを超えることはない、AIでは無理なのだ。小学生に教えるレベルのプログラムはこAIが勝手にやってくれるどこかの誰かが作ったものに乗っかるだけで何の意味もない部分を超えることはない。

6/30/2017 09:02:00 PM