寝転がってダラダラと文章を書いて書籍化を目指す

寝る前のひと時、少し眠りに誘われつつも寝るには至らない時に文章を適当につらつらと書きながら眠気が襲ってくるのを待つ時間がある。その時に文章を書いて、最終的には書籍化、Kindleではあるが、やってみたらどうかという思いつきである。

文章を強い感情で書くときは早くは書けるがペースがおかしいので寿命が短い文章になる。つまり書き上げるまではあっという間ではあるが次に繋げて書いていこうと思ってもうまくいかないのだ。それなら平板に何もことを荒立てずそのまま淡々と文章を書き連ねていく、というのが結構理想なのかもしれない。

寝転がってダラダラ書くときはその理想の状態になっているような気もする。実際は集中がそれほどできていないので大したことは書けないのだが、そのくらい力が抜けた感じでも良いのではないかということだ。

あまり気を張って書いた文章はあれもこれもと盛り込み自然な流れから離れていくような気がする。自然な流れが無くなった文章は後からも読みづらい。それよりは御筆先程度の適当な文章の方が実は読みやすかったりもする。書きやすく、読みやすいということで一石二鳥ではないか。

調べなくても書ける内容が良い。とりあえず自分の思ったことを書き出していくというのがそのスタイルである。取材の必要や誰かの言葉の引用なんていちいち流れをぶった切って調べ周り、それを書き出していくということであまり嬉しい作業ではない。そういう他人の書き出したものをまとめて書き出す方がやりがいがある、という人もいるようだが私は違う。自分で思ったことをなんの取材も確実な文章も書かずに書き出す方にやりがいを感じる。自分が思ったこと以上に簡単に著作権を回避する方法はないだろう。

しかし、こういう文章を書いているときはなんのストレスもなくダーっと書き出せるのに、いざ書籍用の文章を書こうと思ったらなかなか厄介な感じで書き出せなくなってしまう。これは変な力が無意識に入っているからなのかもしれない。つまり意識的に力を抜かなければなかなか書き進めることはできないということでは無いだろうか。

ただし、誰かにレクチャーするための書籍を書くとなるとやはり限界がある。その人を知らなければ誰でも当てはまる内容の本になるからだ。自分が思ったことをたんに書いたら相手からしたら意味不明だし、だからと言って相手に合わせることはできない。結局一般的なことを羅列するだけの内容の薄いものになる。だからこそ個人レッスン系のサービスは需要があるのだし、書籍の種類は大量になっていくし、そういった流れは今後も続いていくのだろう。

7/02/2017 08:05:00 AM